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百合咲く川辺で、どうか笑って
「私、百合の花って好きじゃない」
彼女がそう言ったのは、彼女の部屋でそうした……いわゆる恋人らしい雰囲気になり、どちらからともなく口づけを交わそうとした時のことだった。
あとほんの少し、どちらかがふと吐く息の温度を感じられるような距離。
そこで赤い唇から発せられた言葉は、ずいぶんな言葉だった。
「……どうして急にそんなこと言うのさ」
このまま口づけをする気にはなれなくて、私は彼女の肩に置い
あるいは、透明人間の存在証明
ーーねぇ、どうすればジブンを愛してくれた?
ーー一体どうすれば……。
「犯人はあなたですね」
事件が起こるまでは煌びやかでにぎわっていたダンスホール。
事件が起きてからはその煌びやかさを失い、静まり返っていたが、数日ぶりに響いた音は楽団が奏でるパーティーの始まりを告げるものではなく、事件の終わりを告げる先生の言葉だった。
事件の容疑者として先生に名前をあげられたその人は真っ白なシャツとズボ
青春をタマゴでくるんで(SS作品)
『先輩、パンケーキ食べにいきましょう』
大学時代、友達とオムライスを食べたあの店がパンケーキ屋に変わっていると知ったのは後輩からのそんな誘いがきっかけだった。
数年ぶりに訪れた古民家をそのまま利用した店の外観も内装はあの頃と変わりなく、懐かしいとすら思える。
それでもここは、友達と一緒に資料を広げて必死にレポートに追われたあの空間ではないのだ。
(こうして変わっていくんだ)
いくら見た目
ため息ひとつに、ふたつの感情(SS作品)
期待されないのは、嫌だ。
(だって、それだとまつで自分が必要とされていないみたいだから)
期待されるのは、恐い。
(だって、相手をがっかりさせたくないから)
ひどく矛盾した、そんなふたつの感情を抱えながら、冬の気配が濃く漂い始めた夜空に向かって、ひとつ、息を吐く。
そんな自分は、たしかにひとりの人間なのだなと。
夜空に消えていくため息を見つめながら、不思議に思った。
求むヒーロー、大至急(SS作品)
あの日、泣いていた君はもういない。いなくなってしまった。
だけど、それは悲しみが君から去ったからではなく、君が泣くことをやめてしまったから。
涙を流さない方法をいつの間にか身につけた君の唇はあの日の目元よりも赤くなっていて、
君はどれだけ歯を食いしばり泣くのを我慢してきたのだろう。
『僕の前では我慢せずに泣いてもいいんだよ』
そんなありきたりな言葉さえ言えない僕は、なんと無力なのか。
笑うヒト。(SS作品)
「死ねと言われて、嬉しかったです」
そう言ってカレは笑った。
その笑顔は普段俺に見せているものと違わず、
強がりのカケラも何も混ざっていない、ただの笑顔だった。
一年前の雨の日に俺がカレを拾い、わがままという形で世話係にしたことをよく思わない人間がいることは知っていた。
自身の立場や権限を使い、そうした人間は遠ざけてきたはずだが、それでもウジ虫のように湧いて出てくる。
直接、俺がその言
くらげとカレーと進化論(SS作品)
タバコの煙で白んだ天井からぶらさがっている青いガラスに彩られたライトを見て、思う。
まるで海の中、いわしの大群に紛れ込んだくらげのようだと。
よく知らないバンド音楽と仲の良い店員同士の楽しそうな笑い声が溢れる喫茶店の中で
そんなことを考えながら、
昭和の純喫茶にありそうな四角いテーブルの木目をひとり見つめ、気づく。
「昭和の純喫茶」などと言っておきながら、昭和生まれの自分は「昭和の純喫茶」という