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【琴爪の一筆】

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読書の際に「琴線に触れた」を超えて「琴爪で弾かれた」一文一節を紹介しつつ、その私的な心象や思考を綴ります。心を鳴らす言葉に出会った時の、その音色を忘れないように。
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【琴爪の一筆】#15『娼婦の本棚』鈴木涼美⑤

【琴爪の一筆】#15『娼婦の本棚』鈴木涼美⑤

この本からの素敵な一文の引用も早いもので5回目、最終回です。

読書体験とはどのように表現すればよいのでしょうね。明確なテーマが見えなくても、その作品が醸し出すトーンや空気感というものを自然と感じとります。それは物語でも学術でも、文字の隙間にどこかしら現れてくる。そしてむしろ生身の作者とは切り離れてそこにあり続けています。本を読むという行為は、いわば読者だけが入れる純粋で不可侵な、作家の分身と密会

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【琴爪の一筆】#14『娼婦の本棚』鈴木涼美④

【琴爪の一筆】#14『娼婦の本棚』鈴木涼美④

似たようなことを感じていました。
似てないかもしれませんが。
以前この写真を撮った時に思ったことです。

「善悪。白黒。光影。陰陽。幸不幸。とかく人は二つのことに分けようとするけど、この世界はむしろ分けられないことばかりだよ。そんなことはこの空ひとつ見上げるだけでわかるじゃないか。」と。

著者がいう『堕ちた』という表現は、一般論としてのあえての表現だったのかなとも思えます。彼女とは別の視座から観

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【琴爪の一筆】#13『娼婦の本棚』鈴木涼美③

【琴爪の一筆】#13『娼婦の本棚』鈴木涼美③

そう。まずいですよね。
私個人の特性として、多数派と同じ考え方だと逆に不安になるような、マイノリティ志向が強めなのは確かですが、それを差し引いてもなんとなくまずい気がするのです。

ここで一つ考えたいのは、今の時代の〈世間〉って何を指すのでしょうね。みなさんそれぞれの〈世間〉があるのですが、多くの人たちが触れる世論の源泉のようなものは、ネットを含むTVといくつかのSNSあたりになるのでしょうか。あ

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【琴爪の一筆】#12『娼婦の本棚』鈴木涼美②

【琴爪の一筆】#12『娼婦の本棚』鈴木涼美②

大人は何でも意味づけしてしまいますよね。思い当たる節のない不安、踊り出すほどの歓喜、我慢しきれない嗚咽、何でそうなったのかなんて判りはしないものにも、無理矢理意味づけをする。そうやって、とりあえず良くも悪くも、自分の心を一旦は安定させる技を身につけて、心の揺れに身を任せることができなくなっていきます。

大人の行動には目的が必要とされ、直接それに向かっていない行動は、短絡的に無意味とみなされて軌道

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【琴爪の一筆】#11『娼婦の本棚』鈴木涼美①

【琴爪の一筆】#11『娼婦の本棚』鈴木涼美①

この【琴爪の一筆】を始めたきっかけだった気がします。

私の場合、ビビビッビッ!とまではいかずとも、ムムゥくらいの一文でもピックアップしていたり。なので後で読み返してみた際、ごく稀に「犯人(自分)はなぜこのページにドッグイヤーをつけたのか」という脳内地産地消ミステリーが起こります。周辺の数ページを入念に読み直したにもかかわらず、未解決のまま迷宮入りした場合は、「最初から事件なんてなかった」とドッグ

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【琴爪の一筆】#10『「複雑系」入門』金重明⑤

【琴爪の一筆】#10『「複雑系」入門』金重明⑤

浮いちゃったんですよね。勢いこんで熱く伝えた、もしくは、恐る恐る覗き込むように伝えたものの「え、なにこの空気」ってなっちゃった。これ、一抹の寂しさはあるけど、その反面、とても素敵なことであると思わずにはいられないのです。

周りから浮くほど豊富な知見と、それに伴う何かの確信を得てしまった。こんな風に何かが視えた、視えはじめてしまった人は、必然的に多かれ少なかれ孤独を感じるはずなんです。この孤独が実

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【琴爪の一筆】#9『「複雑系」入門』金重明④

【琴爪の一筆】#9『「複雑系」入門』金重明④

さらに言い換えれば「そんな都合のいい話なんてあるわけねーだろ定理」です。定理名の話じゃなくその中身自体を伝えなさいと言われそうですが、例のごとく、この件の詳細は本書をご覧いただきたく。

ここでいう『動揺』とは、もちろん定理の示すセンセーショナルな内容に対するものですが、私の妄想的には「なんてテキトーな名前をつけやがるんだ!」という方面の動揺だったのなら、それはそれで面白かったのになと。
(その妄

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【琴爪の一筆】#8『「複雑系」入門』金重明③

【琴爪の一筆】#8『「複雑系」入門』金重明③

この一文は、『コッホ曲線』というフラクタル構造の一種で、両端が決まっているひとつながりの線であるにもかかわらず、理論上の長さが無限大(!)となってしまう特性をもつ線に関しての言及です。その興味深くも美しいフラクタル構造(自然界にも人体にも多数存在します)のお話は、当然のことながらぜひ本書をお読みいただきたく。

私にとって、特に数学の話においては「なんとなくわかるけど、なんとも腑に落ちづらい」なん

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【琴爪の一筆】#7『「複雑系」入門』金重明②

【琴爪の一筆】#7『「複雑系」入門』金重明②

ご承知の通り、これは「科学」の本です。
それゆえに、なぜこのような「大陸一の名工でもあるドワーフの長老が製作した稀代の一品を、くそ生意気なエルフの小僧にバカにされて、本人が30年ぶりにブチ切れた」的な一文が出現したのか、という謎が面白かったのです。
もちろんこれはメタファーであり、かつ、その対象も、特段誰かの怒気を含むようなものではありません。このメタファーの指し示す事象は、本書の中で今回の一文の

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【琴爪の一筆】#6『「複雑系」入門』金重明①

【琴爪の一筆】#6『「複雑系」入門』金重明①

ずっと似たようなことを考えていたのです。
きっとアプローチが違うだけなんだろうなと。

市井では、科学で解明できていないことは、やや否定的なニュアンスを含ませつつ、ざっくりと「オカルト」と括られたりする場合もあります。しかし、その本来の辞書的な意味の通り「見えていないもの」、つまりこの場合「現在の理屈では語りきれないもの」だとすれば、実は宗教でも科学でも、目指しているところは一緒で、いつの日か人間

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【琴爪の一筆】#5『現代思想入門』千葉雅也⑤

【琴爪の一筆】#5『現代思想入門』千葉雅也⑤

著者の、ほんの少し寂しさを纏った淡い微笑みが目に浮かぶような一文。
この一文のみならず全篇を通じて衒わない文体に、とても好感が持てました。

実はこの一文に至る前に、独白とも言える別のエピローグがあります。物事に真摯に向き合った人がどうしても辿り着いてしまうであろう境地が書かれています。それはぜひこの本を手にして確かめてほしいと思います。

本当はもっとたくさんのご紹介したい一文があるのですが(少

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【琴爪の一筆】#4『現代思想入門』千葉雅也④

【琴爪の一筆】#4『現代思想入門』千葉雅也④

私の世代である「団塊ジュニア」が生きてきたその時々の環境では、このような強迫観念が今よりも濃く充満していたように思います。

かくいう私も漠然とした不安があったのか、難易度の高い国家資格を取るという志を持った時期がありました。しかし「人は持ったものに縛られる」という、いつどこで拾ってきたのかもわからない一見陳腐、さりとて名言とも取れる言葉をいたく気に入っており(今でもそうだと思います)、ふとある時

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【琴爪の一筆】#3『現代思想入門』千葉雅也③

【琴爪の一筆】#3『現代思想入門』千葉雅也③

確かに。私自身はどちらかと言うと能動タイプ寄りな節があるので、他人から能動性が求められることが少ない分「自分で考え、決めたことじゃなきゃ何をするにも楽しくないんじゃない?」って考えがちな人間であることにまず気づきます。自分の立ち位置の認識ですね。

さらに省みると、あからさまな強制力をともなった「命令」には相当な拒絶反応を示すものの、そこまではいかずとも、他人の指示、もしくは指示とすら感じない誘導

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【琴爪の一筆】#2『現代思想入門』千葉雅也②

【琴爪の一筆】#2『現代思想入門』千葉雅也②

私の場合、秩序だっているものには一定の美しさ、清々しさを感じるけれど、どこか落ち着かない気分になることがあります。それがアーティストのレベルになると、自身の表現にも影響を与えてしまうという話。個人の意識においては完璧な秩序などは求めず、ある程度秩序を乱すものを受け入れることでむしろ不安が解消される。これは私自身も賛同でき、さらには人間共通の感覚だとも思えます。

その一方で、概念的には秩序と混沌を

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