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みらいの人   第2章  全4章   『近未来短編小説』



第2章

 暫くし、何かを思い立ったK氏は、ベッドから飛び起きて着替えを始めた。久々に自分の手を動かし着替えるため、ベルトの締め方などが覚束ない。K氏の動きに気が付いた家政婦が駆け寄る。

「如何なさいましたか? 心拍数が上がり、瞳孔も開いていますよ。身体が異常をきたしています」

 家政婦は心配そうな表情を作った。

「構わないでくれ。ちょっと散歩してくるんだ」

 着替えを終えたK氏は、ドアノブを掴んだ。

「K氏様・・・」

 家政婦はK氏を止めようと、婀娜っぽい声を出したが、K氏は部屋の扉をパタリと閉じた。家政婦は部屋の外へ出られない。家政婦を動かすための、無線電力供給は室内だけだった。

 K氏はコンクリートの上を歩き、マンション入り口へ向かう。コンクリートは足元だけではない。壁も天井も全て打ちっ放しだ。左右には入居者が住む部屋の扉が、ひっそりと等間隔で並んでいる。日光が差し込む窓はなく、天井の照明が薄暗く廊下を照らしていた。

 誰とも擦れ違わずに、K氏はマンションを出た。数年ぶりに本物の日光を受け、大きく背伸びをした。そして辺りを見渡しながら散歩を始めた。

 街の様子は数年前と変化がない。道路には自動運転の運搬車が走り、空中はドローンが飛び交っている。道路脇には、K氏が住むマンションと同じような、窓の無いコンクリートで作られた建物がずらっと並んでいた。人間は皆無だ。道路工事や街路樹の剪定も全てロボットが行なっている。

 K氏が歩き始め30分くらい経った頃、歩道に長い行列が現れた。ロボットではなく生身の人間だ。K氏は驚き、瞼を何度も擦った。しかし、行列は偽りのない生身の人間だった。

 K氏は『最後尾』と印字された看板を持つ警備員に声を掛けた。

「す、すみません。な、なにの行列ですか?」

 K氏は久しぶりに生身の人間と話すため、緊張して吃った。

「それはお答え出来ません。お並びになりまして、ご自分で体験されるものですから」

「それでは、俺も並びます」

 K氏は行列の意味を知りたくなった。部屋を飛び出し、夏空の下で行列を作っているのだから、きっと素晴らしいものが待っているのだろう。

「ありがとうございます。では、1万円になりますので、手の甲をこの機械にかざして下さい。手の甲に埋め込まれた、ICチップで自動精算となります」

 警備員はICチップリーダーをK氏の手にかざそうとした。K氏は驚き、手を引いた。

「ちょっと待って下さい。行列に並ぶだけで、お金を取るのですか? 1万円と言ったら、ベーシックインカム1ヶ月分の10分の1の金額ではないですか?」

「はい。こちらは商売ですから。並ばれないなら、お帰り頂いて結構ですよ。幸いにも、たくさんのお客様が来られますから」

 警備員は自信に満ちた表情を浮かべた。

 K氏は考える。効率化が進み切った地球で不毛な行列を作るなんて、きっと素晴らしいものが待っているはずだ。警備員の自信に満ちた表情は、その裏付けだろう。

「分かりました。俺も並びます」

 K氏は決断し、手を差し出した。警備員がICチップリーダーをかざすと、ピーと甲高い音が鳴り、自動決済が完了した。

「ありがとうございます。ではお楽しみ下さい」

 警備員は頭を下げ、K氏を行列の最後尾に並ばせた。

 K氏の後にもどんどん人が増え、行列が長くなってゆく。しかし、行列の進みは亀のようゆっくりだった。

 行列に並ぶ人たちは、互いの目を合わせながら談笑している。一方K氏は生身の人間との会話することへの緊張が解けず、口を閉じて人間観察をするとこにした。すると、あることに気がつく。太った男や、髪の毛がハゲかかった男、肌荒れした女が並んでいた。K氏は不思議に思う。部屋にこもる現代人はAIが栄養管理を徹底し、適度な運動を促す。散髪やスキンケアもなおのこと。だから太ることもなく、禿げることもない。肌荒れなんてもっての外。行列に並ぶ人たちは、はっきり言って醜かった。

 行列の人たちを揶揄しつつ歩いていると、ガラス張りの建物の横に差し掛かった。ガラスがK氏の容姿を映し出した。

「え?」

 K氏は声が漏れ、頭が真っ白になった。K氏の身体は適度な運動とスキンケアにて、健康体ではあったが、顔のパーツパーツは行列の人間たちと同様に醜かった。

 暫く考えた末、K氏の理解が追いついた。バーチャル上で容姿を映す際は、虚栄するために自分の顔を加工した。恐らくY氏を含め、バーチャル上で知り合った多くの人間が加工しているだろう。それに慣れ、それが当たり前だと勘違いし、本来の人間の顔を忘れていたのだ。

 その事実に気づいたK氏は、再び行列の人たちを見回した。その瞬間、行列の人たちから醜さが消え、美しさを感じた。
 


第3章に続く。




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