不満げなモルモット

朝10時。

「回診があるので」と、看護師がカーテンを開ける。

身の回り、ベッド周りを片付けて、
ベッドの端にちょこんとお行儀良く座ってみる。

白衣の男達がぞろぞろと列をなして、
病室の中へ入ってきた。

挨拶はない。

ここは4人部屋。一人一人患者を見て回る。

自分の番がきた。

挨拶はない。

こちらを見ながらこそこそと、
白衣の者同士で会話して、病室から去っていった。

あれは医者じゃ

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炭の巨塔「遠距離の不安と未来への不安それでもお互い決心すると決めた・・」

出会って半年・・・彼から「妻と別れるからロンドンに来てほしい」と

プロポーズを受けた

まさか・・・と思ったけれども 号泣するほど嬉しかった

彼は出会ってから毎日メールをくれる 朝・昼・晩と

ロンドンと日本の時差はあるのだが 日本時間を考えて

彼は頻繁にメールをくれるようになった

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私自身を客観的に見ることは、私自身を他人として見ることだが、それ自体が主観である。 『不十分な世界の私―哲学断章―』〔10〕

客観的に自分自身を捉えることができるというのは、他人のように自分を捉えることによってだ、と考えることができる。
 他人の目として自分自身を捉える。それは他人もまた、そのように自分自身を他人として捉えうることを、私も他人も同様に容認していることを前提にしているからこそ、私もまたそのように、「他人と同じように」自分自身を捉え直すことができる、ということである。そして、他人もそのように自分自身を捉え直し

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ヨシ子ママ日記。人工透析・延命と生きる意欲のバランス

治療をやめて終わりを選択するのか、できる限りの延命を希望するのか。そこに潜む人間心理について考えてみたい。

永眠という最期

人工透析に限らず病や怪我によって生活が大きく変化してしまうことは、世の誰にでも起こり得る未来であり、それが何年後なのか何日後なのか、それとも明日なのか、、、誰にもわからないことである。誰にでもやってくる自身の体との別れの時、永眠という最期は全世界、全生命体に平等に与えられ

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OMO型医療ビジネスに関する考察

1. 病院作りの案件

最近、病院を新しく作ろうかという案件に取り組んでいる。
常日頃から「尊厳を以って人が死ねる世の中」を作りたいと願うのだが、その一環として「予防医学」という概念がある。

今回の「病院作り案件」は予防医学に関する内容でやろうと思う。

ちなみに予防医学は単純で、「病気にならないようにするための医学」である。予防検診や予防接種は勿論、日頃のストレッチや筋トレだってそうだ。
何だ

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死期を告げることに、どんな意味があるのだろうか?(占部まり)

連載:死を想う――その人らしい最期とは
医療の発達に伴い、多くの人が天寿を全うする時代。誰もが前向きに人生の幕を下ろせるようになるには。「死を想う」をテーマに日本メメント・モリ協会を設立した著者が、その人らしい生き方と最後の時間を考える。

医師が告げる余命はどのくらい当たる?

命を脅かす病を宣告された際、多くの患者さんがご自身の余命について質問されます。これから人生とどのように向き合っていくか

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「浅井」という男

「浅井」は大学の同級生である。
彼は唯一、大学の同級生の中でビジネスライクな考え方を持っていたと思う。

大学を卒業したはいいが、本当に医者をやりたいのか。
その疑問に対し、一番早くに行動を起こしていた。

自分は東京都小平市にある病院で研修を行なっていた。
そんなある日、突然連絡があった。

「今から東京に引っ越すけど、家に住ませてくれない?」

よく分からなかったが、即OKを出した。
(当時、

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大先生

Twitterで書いた、近所の
掛かりつけ医の先代先生の話。

タイトルはその先生の愛称です。
因みに『おおせんせい』って読みます。
だいせんせいじゃありません!笑
息子さんも医師になられていて
○○医院の…と言う時の区別ですね。
いや、私の気持ちとしては
『だいせんせい』で問題ないほど
スゴく好きだった先生ですが!

優しいおじいちゃん

私の母が子供時代から
診てもらっていたくらいの先生なので

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医者に「あしらわれる」リスクと、娘を救ってくれたお医者さんの話

昨夜、寝る前にツイッターのタイムラインに流れてきたある投稿を見てから、ある記憶が鮮明によみがえって、心がざわついている。
投稿はこちら。個人批判する気はないのでアカウントは塗りつぶした。

投稿者は医師なのだろう。5000リツイートを超え、コメントの反応は「美談」ととらえるものと、医師の怠慢を批判するものが入り混じる。

私の心をざわつかせているのは、「あしらう」という動詞だ。
「あしらって帰そう

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「医療の本質」を教えてくれた二人の患者さんとの出会い

日本メメント・モリ協会を設立し、「死を想うことで生が豊かになる」ことについて考える場を提供している著者。自身にとって、医療の本質を考えさせられた出会い、そしてその本質を体現する人との出会いを語る。

「何があっても先生について行く」

私がまだ研修医だったころ、いまでも思い出す二人の患者さんとの出会いがありました。そのお二人から私は、医者として絶対に忘れてはいけないこと、いわば「医療の本質」を学び

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