摂関政治

絶世の美女 小野小町

平安時代も初期といっていい頃だろう。
第55代文徳天皇の御代である。

平安時代は、あまり人気の無い時代でもある。
戦国時代など武力で他人の領地を奪った方が勝ちという、分かり易い時代ではない事も一因であると思っている。

ドロドロとした陰謀が渦巻く時代。
死刑になることは無いが、一歩つまづけば忽ち左遷か無位無官に追い込まれてしまう。

藤原氏は奈良時代後期から一大勢力にはなっていたものの、その地位

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#0103【藤原道長と摂関政治の全盛(日本、10C末‐11C前半)】

1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。
月初の日本史通史シリーズです。今回は平将門の乱が平定された後に訪れた藤原摂関政治の全盛期を取り上げます。

武士などの地方豪族による中央政府への反乱が失敗に終わったあと、荘園(免税私有地)という巨大な経済基盤と天皇家の外戚(母方の親戚)としての強力な政治基盤に支えられた藤原氏の覇権は衰えを見せません。

それどころか、より一層と強固なものとなっていき

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#0078【承和の変と応天門の変(日本、9世紀中盤)】

1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。

藤原氏内部抗争は藤原北家の勝利となりました。

藤原冬嗣の息子、藤原良房は他氏排斥に動きだし、人臣初の生前での太政大臣就任、人臣初の摂政就任まで果たします。

太政大臣はあくまでも「臣」です。天皇の部下であり、皇族ではない身分です。しかし摂政とは「天皇代行」です。臣下の身分で初めて藤原良房が摂政となったことは非常に重要な意味を持っています。

藤原

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