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映画よりも映画みたいだった雨のワンシーン

彼は交換留学生だった。

180cmくらいの長身。ひょろりとした細身に着せられた学ランは、なんだか無理やり日本の高校生の型におさめたようで(まさにそうなのだが)、彼はうちのクラスでなかなか浮いた存在だった。

英語に特化したクラスでもなく、クラスから交換留学に行った人がいたわけでもなかったのだが、おそらく担任が英語教師だったことから彼はうちのクラスに来たのだと思われた。

しかし、残念なことに私のクラスは「ハズレ組」という不名誉な異名を取るクラスだった。
何がハズレなのか。そのメンツである。
特段かっこいい男子もいなければ可愛い女子もいない。場を盛り上げるムードメーカーも、クラスをまとめるようなリーダータイプもいない。クラス対抗のスポーツ大会でも合唱コンクールでも成績をふるわない。要するにぱっとしないやつらが集まったクラスだと言われていたのだ。


そんなハズレのクラスに来てしまった留学生の彼。
「せっかくの"日本での高校生活"がうちのクラスなんて、なんかかわいそうっていうか申し訳ないなぁ。A組とかに入った方が楽しかったんじゃないのかなぁ」
もれなくハズレキャラだった私はそんなことを思っていた。
A組には男子も女子も明るくて活発な子が多く、クラスメイトではない彼にも廊下で会うと、あっあの留学生の子だと「ハーイ!」なんて声をかけるフレンドリーな人もいた。

対してうちのクラスときたら。仲間はずれなどにはしないものの、みんないまいちどう絡んでいいのかわからず一向に打ち解ける様子がない。
女の子はもちろん、男の子もシャイな人が多かったため「英語なんて話せないし...どうすれば...」みたいな空気が流れていた。日本語で話せばいいんだけど、みんな最初の一歩を踏み出すのが苦手なタイプだった。


そんな彼と私が話すようになったのは、朝の時間がきっかけだった。
私は高校からかなり離れた田舎の町から、本数の少ない電車で通っていたため早めに学校に着く。彼は高校の近くでホームステイをしていたようだが、いつもかなり早く学校に来ていて、私が教室に入ると大体自分の机でノートパソコンを開いていた。

(すごい...自分のパソコン持ってるんだ...っていうか学校に持ってきていいんだ...)

最初はそんなことを思いながら遠巻きに眺めていたのだが、朝の教室には2人しかいなかったため、なんとなく「おはよう」とか「今日寒いね」なんて、なんてことない会話を交わすようになった。
おそらくほんの20分くらいだったと思うが、みんなが教室に来るまで私と彼は朝の時間を共有するようになった。

メールアドレスを交換してからは、私は英語でメールを書いてみたい!なんて相変わらずのミーハー心により、慣れない英語でメッセージを送り、彼もまた勉強中の日本語でメッセージを返してきた。対面ではあんまり話せないくせにメールであればできるという私もみんなと同じビビりの1人である。
 

「僕は映画が好き。映画は好きですか?」

「好きだよ!でも最近見てないなぁ。今度面白そうなのがあったら見に行きたい」(と書いたつもり)

「OK!何時にする?」


え、何時って......今日!?


ある休みの日にメールをしていたところ、私は自分の送ったメールによって本日映画に一緒に行くというイベントが突如発生してしまったことにびっくりした。

えっ、どうしようどうしよう。
なんか今日映画行くことになっちゃったっぽい。そんなつもりじゃあ...。

学校ではほぼ毎日挨拶を交わし、時々メールをしていたものの2人ででかけることなんて全く想像していなかった私は焦った。

でも、これ多分私のせい(?)で今日行くことになったんだよね。それなのに行かないって言ったら変な感じになるよな...。いやでも一緒に映画?っていうか出かけるの?2人で?とりあえず、早く返信しなきゃ...なんて返そう...。
パニックになりながらも必死で考える。

いや...よし、せっかくだし行ってみよう!
うまく話せないかもしれないけど、でも映画を見るわけだからそんなに話さないだろうし、まぁなんとかなるだろう。クラスメイトだし。一応。


今思うと彼の「何時にする?」は「いつ」と書いたのを「何時」と変換して送ってしまっただけで、What timeではなくWhenの話をしていたのかもしれない。それを私が、"え?何時なんじ?今日!?どうしよう...まぁ、行くか!"と思って「じゃあ16時!」と送り、彼もまた「あ、今日!?まぁいいけど...。じゃあ行くか」となっていたかもしれない。
今となってはその真相はわからないが、とにかく私たちは映画を観るべく初めて学校の外で会う約束をした。


映画館に着いてから2人で今上映中のラインナップを眺め「時間もちょうどいいし、これにしようか」と選んだのはファンタジー映画だった。もちろん洋画の字幕付きだ。

「日本の映画も見てみたいけど、まだきっと全然わからないと思う」

そう言う彼に「じゃあもうちょっとわかるようになったら、今度は日本の映画を観に来よう」なんて、またしても軽はずみな今度の話をする私。

と言っても話す時なんて「じゃあJapaneseがmore goodになったらnext timeにLet's goね」みたいなメールよりも酷い英語を操りながら話していたと思うので、彼にその真意が伝わったかはわからない。


それぞれ飲み物を買って、ポップコーンはシェアすることに。暗い劇場に入入り、自ずと声のボリュームが下がる。隣合う席に座るとその距離の近さと劇場独特の空気に、急に妙な緊張感が溢れてきた。さっきまで普通に話せたはずなのに、何を話せばいいかとお互い戸惑う。
私たちは劇場の空気に飲み込まれ、なんだか一番最初に教室で話した時のようにどぎまぎと会話を交わした。

映画が始まり喋らなくなってからも少し緊張を引きずりながら、映画に集中しようと心を落ち着かせる。
真ん中に置いたポップコーンにも手がぶつかったらどうしようなんて変な心配をしてなかなか手を伸ばせない。(全然落ち着いてない)

しかし、しばらく観ているうちにだんだんとその緊張はほぐれ、思った以上にリアクションをしながら映画を観る彼に「海外ではもっと盛り上がったりしながら観るんだろうか」なんて思ったり、つられて私も反応し同じシーンでふふっと思わず声に出して笑ったり。

最初の緊張はいつのまにか消えて、すいすいとポップコーンにも手を伸ばせるようになった。


上映が終わって映画館を出ると、外は雨が降っていた。

「うわ〜今日夜雨だったんだ...」

「僕、傘があるよ。駅に行くんでしょ?一緒に行こう」

彼は映画館まで自転車で来ていたのだが、そう言って自転車を押して私を駅まで送ってくれた。
雨の中、片手に自転車、片手に傘を差して歩く彼はかなり大変そうで、とはいえ私が傘を差そうにも180cmの彼の頭上に傘を差すなんてできるわけもない。

「大丈夫?私が自転車押そうか?」

「大丈夫」

彼はそう言いながら私に傘を向けてくれて、自分はほぼ濡れるような状態で駅まで一緒に歩いてくれた。


駅に着いて、自転車を一度停める。

「わざわざ駅までありがとう。道、違ったよね?せっかく傘持ってたのに濡れちゃったし、ごめんね」

そう言うと彼はもう一度「大丈夫」と言ってから、少しかがんで私に視線を合わせた。

「今日は楽しかった。誘ってくれてありがとう」

彼はまっすぐ私の目を見てそう言った。
今までの人生でこんなにしっかりと目を見て人と会話をしたことがあっただろうかというくらい、真っ直ぐ見つめられた瞳に私は一瞬固まってしまった。
透き通るような青い目に、もう少しで繋がってしまうんじゃないかというくらいの眉毛。(失礼)
吸い込まれそうになるというのはこういうことかなんて思った。

さ、さすが...!と何がさすがなのかはわからないが、同じクラスのシャイな男の子たちではありえないような別れのシーンとその言葉に、ちょっと動揺しながらも「う、うん、また学校でね!」と答える。

帰りの電車に乗りながら、私は今日観た映画の一緒に笑った場面や、まるで映画のワンシーンのような彼との別れ際の挨拶を1人思い返した。


次の日からも、学校では朝少し会話をしたり時々メールをしては「あの映画、レンタルショップで出てたよ」「早いね」とかそんな何気ないやりとりを交わした。
半年くらいを過ぎてからは徐々にシャイだったクラスメイトたちも話しかけたり、放課後遊びに行ったりするようになって、彼はだんだんとクラスにも馴染んでいった。

結局彼が帰国するまでに「また今度」と言った日本の映画を見に行くことはできなかったのだが、私は今でも誰かと初めて映画を見に行ったりすると、あの日の映画館での緊張や一緒に見た映画のシーン、そして帰り際の彼の顔を思い出す。


そういえば、男の子と2人で映画を見たのはあれが初めてだった。
メールもいつの間にかしなくなってしまい、それ以来連絡も途絶えてしまったが、彼はあの時見た映画を、あの日のことを今でも覚えているだろうか。

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