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深月流架読んだ本について語る

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読んだ本の紹介、感想、批評などをまとめています。
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記事一覧

📕宮本輝「月光の東」を書き手として読んでみた時

📕宮本輝「月光の東」を書き手として読んでみた時

🥀宮本輝「月光の東」

 「十三歳のときの私の恋は、いまもまだつづいていると思うのも本心ですし、加古慎二郎への嫉妬も本心ですし、よねかを癒せる男になりたいのも本心なんです。
 誰もが、みなそうであるにちがいありません。人は誰もが無数の本心を持っている」  

    〜宮本輝「月光の東」より

 パキスタンのカラチで首を吊って自殺をしてしまった友人の影には「よねか」という幼馴染の女性の影がちらつ

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📕衝撃の作品「部屋」エマ・ドナヒュー

📕衝撃の作品「部屋」エマ・ドナヒュー

『「子どもだけじゃないです」ママが言う。「いろんな人たちがいろんな形で閉じこめられているのです」』

〜エマ・ドナヒュー「部屋」より

村田沙耶香さんの書評集で紹介されていたエマ・ドナヒューの「部屋」。感動必至の長編に仕上がっています。

凶悪犯に誘拐され何年もの間、一つの部屋に監禁されていたジャックとママ。産まれた時から監禁部屋で生活することを余儀されたジャ

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📕フィッツジェラルド「グレート・ギャッツビー」

📕フィッツジェラルド「グレート・ギャッツビー」

 「すっかり夏になっていた。道筋の宿屋の屋上にも、赤い新型のガソリンポンプが照明を浴びている修理屋の正面にも、夏の色がある。ウエストエッグのわが家に着いて、車を車庫に入れてから、放ったらかしの芝生ローラーに腰をおろした。風が吹いたばかりで、まだ夜がざわめいている。木立に鳥の羽ばたく音がする。とめどなく湧きあがるオルガンのような音は、大地に生命の風を吹き込まれたカエルの群れが発している。猫がシルエッ

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📕小川洋子「ことり」読了後の雑感❶

📕小川洋子「ことり」読了後の雑感❶

 「鳥籠は小鳥を閉じ込めるための籠ではありません。小鳥に相応しい小さな自由を与えるための籠です」〜小川洋子「ことり」より

 ※※※※※※

⭐️静かに進行してゆく物語前半3分の2と、そこで散りばめられている無数の伏線

 この作品の主人公は、子供たちから「ことりの小父さん」とよばれている男性。なぜ、「ことりの小父さん」とよばれているかといえば、毎日のように幼稚園の園庭に設置されている鳥小屋の掃除

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📕市川沙央「ハンチバック」読後雑感

📕市川沙央「ハンチバック」読後雑感

⭐️「ハンチバック」あらすじ〜ネットより転載

「背骨がS字にたわむ重度の病を患っている井沢釈華は、人工呼吸器が欠かせない生活を送っている。普段はグループホームで某有名私大の通信課程でオンラインの授業を受けたり、コタツ記事(取材せずにネット上の情報だけで書ける記事)を書いたりしている。
TL小説(女性向けの官能ライトノベル)を小説投稿サイトに連載し、Twitterの零細アカウントでは「生まれ変わっ

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トマス・ハーディの短編を読んでみた

トマス・ハーディの短編を読んでみた

ハーディ短編集の中から、「妻ゆえに」「幻想を追う女」「呪われた腕」の三遍を読了。どれも面白かった。

特徴としては、短い物語の中で主人公の人生をうまく描き切っているということ。そうなると、ストーリーを急いで追うような状況説明になりがちだが、ハーディはそうではない。

絶妙のタイミングで入れてくる風景描写。効果的な場面の切り取り方。上手く書くもんだなあ、と思わず唸ってしまう。プロットも秀逸で、全体的

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📕ヘミングウェイ「日はまた昇る」でさらに描写を学んでいく❶〜静止した風景に動きを与えるには?

📕ヘミングウェイ「日はまた昇る」でさらに描写を学んでいく❶〜静止した風景に動きを与えるには?

 ヘミングウェイ「日はまた昇る」、やっと半分くらい読み終えました。今日はまた描写についての気づきをひとつ。

 この物語の風景描写は、車やバスの車窓から見える景色の流れが非常に多く見受けられます。例文を出せばよいのでしょうが、なんせ長くなってしまうので割愛。そういえば、トーマス・マン「ブッデンブローク家の人々」では、馬車から見える景色の流れが多く見受けられた。

 ここで気がついたことが、【被写体

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📕トーマス・マン「ブッデンブローク家の人々」を読み終えてとりあえずの雑感

📕トーマス・マン「ブッデンブローク家の人々」を読み終えてとりあえずの雑感

⭐️一撃必殺のエピソード描写。トーマス・マン「ブッデンブローク家の人々」、読了しました。

トルストイの「戦争と平和」で、エピソード描写の何たるかを朧げながら掴み、「ブッデンブローク家の人々」でその描写の構造まで自分なりに理解することができました。

そして、そんな構造に関係なく、下巻の終盤、死を前にしたハンノ少年がピアノを演奏する描写(なんと、文庫本5ページに渡る!)はやばいね、、、痺れました。

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📕小山田浩子さんの描く現代社会の闇〜「工場」を読んで 

📕小山田浩子さんの描く現代社会の闇〜「工場」を読んで 

 『何だか自分と労働、自分と工場、自分と社会が、つながりあっていないような、薄紙一枚で隔てられていて、触れているのに触れていると認識されていないような、いっそずっと遠くにあるのに私が何か勘違いをしているような、そんな気分になってくる。私は何をやっているのだろう。二十年間生きてきて、まともに喋ることも、機械以上の労働をすることもできずにいる。私はシュレッダーを動かしているのではなく、シュレッダーの手

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📕トーマス・マン「ブッデンブローク家の人々」から学ぶ〜会話はストーリーを進めるための装置ではなく、登場人物の性格を描くための装置である

📕トーマス・マン「ブッデンブローク家の人々」から学ぶ〜会話はストーリーを進めるための装置ではなく、登場人物の性格を描くための装置である

「商人は全て詐欺師である」
    〜クリスチアン・ブッデンブローク

 なんとかこうにか、トーマス・マン「ブッデンブローク家の人々」中巻を読了しました。

 これで三分のニを読破。残りは下巻のみ。

 ここまで読んできて、この長い物語の中で一番魅力的なキャラは?と問われれば、おそらく大概の人がアントーニエ・ブッデンブロークと答えるだろう。とても魅力的な女性キャラだし。

 しかし、俺が最も気にな

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🦅トルーマン・カポーティ「無頭の鷹」〜思わず真似したくなるその華麗な風景描写

🦅トルーマン・カポーティ「無頭の鷹」〜思わず真似したくなるその華麗な風景描写

「その日は明け方から空は暗く、今にも雨が降り出しそうだった。暑い雲が空を覆い、夕方五時の太陽を遮っていた」

「沈んでいこうとしている月は、夕暮れに昇ったばかりの月のようだ。湿った一ドル銀貨のように見える。暗闇を失っていく空は、灰色に洗われている。日の出とともに吹く風が、天国の樹の葉を揺さぶる。白んでくる光の中で、庭はその形を、物はその位置をはっきりとさせていく。あちこちの屋根からは、鳩の低い朝の

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「トーマス・マン『ブッデンブローク家の人びと』から描写の基礎を学ぶ

「トーマス・マン『ブッデンブローク家の人びと』から描写の基礎を学ぶ

①トーマス・ブッデンブロークは、メング通りを下手へ歩き続け、フェンフハウゼンまでおりた。上手をまわってブライテ通りを通るのは、知り合いの何人もに会い、帽子をいつも脱いでいなくてはならないので、それを避けたのであった。濃い灰色の暖かそうな襟付外套の大きいポケットに両手を突っ込み、こちこちに凍りついて、水晶のようにきらめいている雪の上を、きゅっきゅっと踏みながら、考えこみがちな顔をして歩いていた。誰も

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💐「トーマス・マン『ブッデンブロークの人々』から描写の基礎を学ぶ❷〜五感を刺激する風景描写に細部の動きを加えて、より奥行きのある描写に」

💐「トーマス・マン『ブッデンブロークの人々』から描写の基礎を学ぶ❷〜五感を刺激する風景描写に細部の動きを加えて、より奥行きのある描写に」

「二つの窓は開かれていて、庭園では朝の太陽が初めての蕾を温め、二、三の愛らしい鳥の囀りが明るく友を呼び合い、すがすがしい香りに満ちた春風が部屋へ吹いてきて、【ときどきカーテンがおだやかに、音もなく少し持ち上がった。】朝食の食卓の上には、ところどころに、パン屑が白いリンネルのカバーの上に散らばっていて、朝の太陽がカバーをまぶしく照らし、【臼の形のコーヒー茶碗の金塗りの上縁にまぶしくちらちらして、反転

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ゲーテ「ファウスト」を読んでみた❶

ゲーテ「ファウスト」を読んでみた❶

🌹「法律や制度というものは、
 永遠の病気のように遺伝して、
 ずるずるべったり親から子、子から孫への伝えられ、
 国から国へとおもむろに移り動いて行く。
 その間には、正は邪となり、善は悪となる」
   〜ゲーテ「ファウスト(一)」新潮文庫147ページメフィストフェレスの台詞から抜粋

 ゲーテ「ファウスト」、ひとまず(一)を読み終えました。

 戯曲を読むのは、数年前、ゴーゴリの「検察官」を

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