小説 熊野ポータラカ 【第2話】ボーイミーツガール


マコトがマリと出会ったのは、今から5年前、新宮市緑ヶ丘の花屋「マリア・ヒメネス」だった。夏休みに新宮の親戚に届け物があって、自宅のある田辺市本宮町から1時間かけてバスで出かけ、その派手な花屋に何も知らず立ち寄った。墓参り用の花を買おうと思ったのだが、店には、白い菊の花も百合もなく、綺麗な女の子がカゴに入れたマリーゴールドを売っていた。その瞬間にマコトの世界の時間が止まった。 ボーイ・ミーツ・ガール お尻の穴から頭のてっぺんまで電気が走るのを感じた。しばらく呼吸ができなかった。それはマコトの人生を変える瞬間だった。その時マリはまだ小学生だったはずだ。身長はすでに160センチはあり、白いブラウスの下にふっくら円錐形に盛り上がった膨らみがあった。この店の悪評は風の噂で知っていたが、高校生のマコトにはあまり関係のないことだった。それからもマコトが新宮に行く機会は時々あったが、男子高校生が花屋で買い物する動機がない。本心は、彼女を探したかったのだが、店に入る勇気がなかった。店の周りをうろうろすることはあったが、彼女が出てくる気配はなかった。こうして〈マリーゴールドの女の子〉を恋焦がれる甘く痛い気持ちは、マコトの中でどんどん膨らんでいった。それは経験者にしかわからない100パーセントの感情で、放置すればそれはいつしか信仰のようなものになっていく。名前も知らない〈マリーゴールドの女の子〉はマコトにとって天使のような存在になっていったのである。その一年後、マコトは高校を卒業して、京都の大学に進学し、熊野から離れた。何人かのガールフレンドができ、半年くらい一緒に暮らしたこともあったが、いつも相手の女性の中に〈マリーゴールドの女の子〉の片鱗を見つけようとした。マコトの心の土に、〈マリーゴールドの女の子〉の印象は一つの種子となり、発芽し、成長し、大輪の花を咲かせようとしていた。マコトは、大学卒業後の進路に悩んだ挙句、4年生の夏休みから休学し実家の本宮に戻った。民俗学のリサーチも兼ねてバックパッカーでユーラシア大陸を東から西へ旅行することも考えたが、幼少期から皮膚や粘膜が弱かったので、断念した。大学2年の時に、研修旅行で中国とインドに行ったが、原因不明の発疹と熱、下痢でひどく体調が悪くなったことがある。熊野の穏やかな気候が彼にはとてもあっていた。      


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