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1、先生と僕

香日ゆらさんの『先生と僕』という漫画があります↓。

副題に「~夏目漱石を囲む人々~」とあり、明治時代の文豪である夏目漱石と、その関係者のエピソードを描いた漫画です。

夏目漱石…。吾輩は猫である。坊ちゃん。そう言えば高校時代に「こゝろ」を読んだなあ、Kが死ぬんだよなあ…。すこし前にはお札に顔があったなあ…、くらいでしょうか。思い浮かぶのは。

そんな方にはぜひお薦めの漫画です。「文豪」夏目漱石ではなく、「人間」夏目金之助(夏目漱石の本名)が好きすぎる香日ゆらさんの、漱石エピソードがこれでもか、と出てきます。興味の出てきた方は、これ以外にも漱石本を出されていますので、こちらもどうぞ↓。

2、夏目漱石と芥川龍之介

この記事では、夏目漱石をめぐる1つのエピソードをご紹介します。芥川龍之介とのエピソードです。

芥川龍之介…。文豪。羅生門? 蜘蛛の糸? 芥川賞という文学の賞もあるから、小説が上手な人だったんだよね…。くらいのイメージかもしれません。

実はこの2人、師弟関係です。

と言っても、夏目漱石が1867~1916年、芥川龍之介が1892~1927年と、25歳ほども齢が離れているので、夏目漱石が晩年の頃の門下生です。

芥川龍之介は『鼻』という小説を同人誌に書きますが、この小説を夏目漱石が褒めます。「無名の学生を、文豪夏目漱石がほめた!」ということで、芥川龍之介の名前が知れ渡ります。夏目漱石によって、芥川龍之介は文壇へのデビューを飾るのです。

3、夏目漱石の手紙

夏目漱石は、芥川龍之介と、その知人の久米正雄宛に、1通の手紙を書きます。夏目漱石は、葉書や手紙をふんだんに書いており、「書簡集」で本ができるくらいです。そのうちの1通です。全部は長いので、最後の部分のみ、引用してみます。明治の文豪なので、漢字が混じって読みにくい部分もありますが、そのまま引用しますことご容赦ください。

 牛になる事はどうしても必要です。吾々はとかく馬になりたがるが、牛には中々なり切れないです。僕のような老獪なものでも、只今牛と馬がつがって孕める事ある相の子位な程度のものです。

 あせっては不可せん。頭を悪くしては不可せん。根気づくでお出なさい。世の中は根気の前に頭を下げることを知っていますが、火花の前には一瞬の記憶しか与えて呉れません。うんうん死ぬ迄押すのです。それだけです。決して相手を拵へてそれを押しちゃ不可せん。相手はいくらでも後から後から出て来ます。そうして我々を悩ませます。牛は超然として押して行くのです。何を押すのかと聞くなら申します。人間を押すのです。文士を押すのではありません。

焦るな、馬になるな、火花は一瞬で忘れられる…。夏目漱石の温かいまなざしが、芥川龍之介に注がれます。

牛になりきれなかった芥川龍之介は、この11年後に、自殺しました。

4、焦ってはいけません

この手紙より、感じ取ったことを書きます。

「焦ってはいけません」「頭を悪くしてはいけません」。

夏目漱石は繰り返し書きます。夏目漱石自身、幼少の頃に親から見放され(八百屋のかごに吊るされたこともあるとか…)、家の都合でまた戻され、養親との金銭関係で苦しみ、イギリスに出張するも神経衰弱(今でいううつ病)にかかり、常に胃痛に悩まされ…と、かなり苦難の人生を歩んでいます。若い作家たちに、自分の人生も顧みつつ、決して焦らないように呼び掛けたのではないでしょうか。

「世の中は根気の前に頭を下げることを知っていますが、火花の前には一瞬の記憶しか与えてくれません」

根気が大事。一発芸人になるな。着実に行け。辛い世の中を歩いてきて、「職業作家」というクリエイター・フリーランスの道を開拓してきた夏目漱石だからこそ、言えるセリフです。なお、芥川賞を受賞した又吉直樹さんの『火花』という小説のタイトルは、(推測ですが)この手紙の一文を意識してつけたのではないかと思います。

「何を押すのかと聞くなら申します。人間を押すのです。文士を押すのではありません」

この文章が、私は好きです。誰に対して押すのか。文士、つまりエリート、作家、すでに成功している人、自分を引き上げてくれそうな人に対して押す、言い換えれば「媚を売る」ことではない。人間を押せ。人間そのものについて考え、人間そのものについて問いかけろ、自分の作品を示せ、と喝破しています。

どうしても人は、自分を評価してくれる人、当時の芥川龍之介で言えば師匠である夏目漱石のような、名声を確立した人に対してアピールしがちです。自分のことをわかってくれる人だけに、伝われば良いと思いがちです。そうではない。常に人間に向き合え。自分を理解する人もしない人もひっくるめて、好き嫌いもひっくるめて、人間に向き合え。人間を押せ。そう夏目漱石は言いたかったんじゃないかと、私なりに解釈しています。

芥川龍之介が自ら死を選んだ時、夏目漱石は天国で「ちょっと早すぎるぜ」と嘆いたのではないかな、と空想します。

5、火花

いかがでしたでしょうか。夏目漱石エピソードは、これ以外にもたくさんありますので、興味のある方はぜひ、冒頭で紹介した「夏目金之助が好きすぎる」香日ゆらさんの著作を手に取ってみて下さい!

最後に、漫画を1つご紹介します。漫画・武富健治さん、原作・又吉直樹さんの『火花』です↓。上下2巻のまとめ読みをおすすめします。

武富健治さんは、ドラマにもなった名作『鈴木先生』の著者です。あの鬼気迫るハイテンションで、芥川賞作品『火花』の世界を余すところなく表現されています。必読です。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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