夢心地
冬の京都。朝、寒くて目が覚める。
自分でも話していて笑ってしまうが、私は今冬、まだ一度も自宅で暖房をつけていない。
学部時代の貧乏性が抜けないのと、以前試みに暖房をつけたら体調を崩してしまったことが重なって、「私には暖房は合わない」と結論づけてしまった。
とにかく着込む。あと、温かい飲み物のお世話になる。
早朝の寒さに対しては、白湯&即席のしじみ味噌汁で対応している。これだけで案外乗り切れているから、今冬も暖房無しで過ごし切るかもしれない。
……油断は禁物だ。
*
四季の中で、早朝に身の危険を感じるのは、冬だけである。夏の場合は、朝というよりも日中、その暑さと水分不足に気をつかう。
一方、春と秋は、早朝が心地良い。心地良すぎて、物憂げに浸る心の余裕さえある。
あと少しだけ、少しだけ……と二度寝に誘われるこの感覚。寒さでパキッと目が覚めてしまう日々からは、すっかり失われている感覚だ。
上記の文章は、岡本綺堂の随筆「春の寝言」の一節だが、他の箇所では、この半睡半醒の状態で耳に入ってくる物音を描写している。
鶯の声、花を売る声、豆腐屋の喇叭、路を歩く人の話し声……実際に耳にしたわけでもないのに、岡本の身の心地良さが伝わってくるから面白い。
ああ、春が待ち遠しい。
そう思って、いざ春を迎えると、新しいスタートをきる周囲の人々を横目に、自分だけ置いてけぼりにされたような焦りを覚えて、物憂げになる。
春がはやく過ぎ去ることを望む自分の姿は、簡単に想像できるので、春先になればまた「春の寝言」に目を通したい。
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