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『ツレが鬱になりまして』が俺にも起きた/闇堕ちの科学的検証

マジか。信じられん。いつか自伝マンガのネタにしよう。

という訳でタイトル通りなんです。ロンドン最初のロックダウンから1年半、ずっと鬱気味だったツレがメンタルブレイクダウンを起こしました。具体的には「鬱爆発で支離滅裂に泣き喚く」という事態に陥りました。本人も僕も何が何だか解らずパニクってぐちゃぐちゃになってましたが、色々勉強して何が起こっていたのかようやく解ったので、いつかマンガのネタにするためにも覚書です。

※※※  なお、僕は専門家とかでは全然ないので、くれぐれも僕の書いてる事を鵜呑みにしないように気をつけてください。興味がある人は、手始めに益田先生のYoutubeあたりから入ると解りやすいかも ※※※

そもそも鬱って

ただのメンタルの浮き沈みだと思ってました。でもどうやら違ったようです。鬱病フィジカルな脳病だそうです。そもそも「感情やソウルやハートは心臓にある」なんて信じてる人はいないと思います。全部頭ん中、脳で起きている現象です。つまりメンタルに何かしら問題があるって事は、脳に何かしら問題があるって事なのです。

ちなみに僕はストレス性胃炎持ちですが、鬱はストレス性脳炎みたいなものと言えるかもしれません。ストレスでコルチゾールがドバー、ドーパミンがショボーみたいな状態になって、脳内のケミカルバランスが崩れた結果、脳の一部が萎縮し回路遮断、それが鬱の症状として現れる、みたいなメカニズムらしいです。そしてそれは誰のせいでもない。ただの病気です。僕が胃酸過多なのは僕のせいじゃありません。病気なので治せばいいだけの話です。

鬱を治すには、まず第一にストレスの原因を取り除く、そして休息をとる、という至ってシンプルな対応。理想としては、3ヶ月程度休職して、医者の処方薬でケミカルバランスを整えつつ、「食う寝るボーッとする」をひたすら続ける、というプロセスみたいです。頭を一切使わない、アホみたいな暮らしをするのがいいらしい。気が向いたら散歩。お日様ぽかぽかだなーとか、小鳥が歌ってるなーとかやってる内に、ケミカルバランスが戻り、脳が戻り、回路が再接続される模様。とは言えパンデミックは取り除けないし、実際には3ヶ月休職とか、そんな簡単にはいかない訳ですが。

鬱は、癌や糖尿病と並び五大成人病に数えられる極めてメジャーな一般疾患。どこの誰でも罹りうる普通の病気だと。確かに今にして思えば僕自身、あの時は鬱っぽかったなと思い当たる事案はありますが、実際ブレイクダウンを見たのは初めてだったのでびっくりしました。ただ、周りの人と話すと、意外とみんな詳しかったりします。みんな話さないだけで(まあ面白がって話す事でもないですし)実は結構ありふれたものなんでしょうね。

で実際起こった事

多くの鬱の発端は適応障害です。環境の大きな変化に適応できず強いストレスを受ける、というやつです。ロンドンのロックダウンは強烈な体験だったので驚きはありません。突如家に閉じ込められ、街から人が消え、テレビでは毎日千人以上が亡くなるニュースが流れ続け、トイレットペーパーが買えなくなり、それが全世界的に起こり、次に何が起こるかも分からない、ワクチンもいつになるかわからない。それが3ヶ月続きました。メンタルをやられる人は周りにも続出し、BBCでもメンタルケアがしつこく報じられていました。

僕もツレも当時なんとかやりすごしてました。が、実際はツレは相当なストレスを受けていたようです。僕のロンドン封鎖日記でも「Clap hands for NHSでツレが号泣した」というのを書いてます。そして今思えばそこから鬱は始まっていたのでした。

フェーズ1:ファーストサイン

最初のサインは頭痛。おでこのあたりが痛むようです。おでこの頭痛なんて僕は経験がないので、変わってるなと思ってました。そして睡眠障害。朝方3時とかに目が覚めて、そこから眠れない、というやつです。

フェーズ2:ダウナーモード

なんかパワー出ない。興味湧かない。つまんない。退屈。笑ったりジョークを言ったりしなくなります。人に会うのも億劫。急にドカ食いしたり、逆に全然食べずに駄菓子ばっか食ってたり、食欲も変化します。まあこの辺くらいまでなら僕自身も何度もなった事あります。

フェーズ3:ネガティブモード

ロンドンが二度目のロックダウンに突入。と同時にツレは段々何やらおかしな事になってきます。物事のネガティブな面ばかりを見て、受け止めて、集めて、増幅して、やたらネガティブに考えて、ネガティブな想像を始めます。この辺から認知障害的な症状が始まり、少しずつ現実から剥離していきます。実際には何も起こってないのに、やたら不安になって恐れたり、疑って心配したり、不要なドラマを作り上げていきます。周りの人間は何が何やら分からず、その異常なネガティブさにイラついたりもします。

フェーズ4:スパイラルモード

ここまで来ると、もうネガティブがネガティブを呼び、渦巻き始めます。負のスパイラルに取り込まれ、ノンストップ闇堕ちしていきます。悲壮感、孤独感、無価値感、絶望感、後悔、怒り、あらゆる負の感情が暴走状態に入り、自他を責めて傷ついていきます。さすがにおかしいと思った僕はツレに医者に行くよう言いましたが、本人は自覚なく「大丈夫だ」と言い張る始末。もうどうしたらいいのか分からない。

フェーズ5:カオスモード

そして三度目のロックダウンでは闇堕ち深層部に到達。ネガティブの津波に溺れながら、あらゆる感情の爆発に翻弄されます。もはや何も見えてない、聞こえてない、頭の中はぐちゃぐちゃのカオス、やたら感情的で攻撃的、記憶も飛びまくり、まともな会話も成立しない、もはや完全に別人です。これがメンタルブレイクダウンというやつか。医者曰く、鬱は癌よりキツいとも言える。なぜなら脳にダイレクトに「苦しめ」信号を与える病気だから。現実には何も起こってなくて、体も至って健康なのに、本人は地獄のような苦しみを感じるのだと。なんだそれ気の毒過ぎる。このフェーズでできる事はなく、フェーズを過ぎるまで見守るしかない。どうせ本人もよく憶えていない、のだそうな。しかし僕はハッキリ憶えている。泣き喚くツレのその姿はまるで、ダークサイドに堕ちて戻れなくなったアナキン・スカイウォーカーそのものだった。鬼の形相で真っ赤な目で泣いていて、その背後には燃え上がる溶岩まで見えた。どうしてこんな事になってしまったんだ…。僕は完全にオビワンの心境で、為す術もなく立ち尽くすのでした。

フェーズ6:ボトムハイモード

やがて脳は回復しようとアドレナリンを放出します。実はこのフェーズが最も危険なのだと。なぜなら、状態としてはまだボトムのカオス状態、しかし頭だけがハイになるから。自分の中に何やら力が湧くのを感じて、いきなり過激な行動を起こします。例えば、突然全財産を散財したり、エクストリームパーティしたり、突然離婚したり、自傷他害したり、自殺を試みたり。ツレの場合は急に「大好きだけど別れたい」とか訳の分からない事を言い出しました。ショックだったけど自殺されるよりはマシ。こういう狂った行動を起こす人の事、今までは全く理解不能だったけど、なるほどボトムハイってそういう事だったのか。と原理は解ったとしても、やはりあまりにも非現実的で俄かに信じがたい体験です。

フェーズ7:回復期

その後もアップダウンを繰り返しながら、やがてゆっくりと回復していきます。ツレは現在この段階。まだ寛解とまではいきませんが、段々落ち着いて来ています。しかしストレスの元であるコロナ、そして仕事もずっと継続中なので、回復はかなりゆっくりです。まだ客観視やロジカル思考が弱いので、下手すりゃまたすぐ堕ちそうな危うさもあります。とっとと全部引き払って、しばらく田舎に引っ込んでのんびり療養すればいいのに(僕はむしろそうしたい)、まあそれができない性格だからこそ鬱になる訳で。メランコリック型とか何とか呼ぶらしく、「強くなるな、しなやかになれ」つって「竹は折れない」的ウンチクを語るカンフー師匠のように対応します。誰に聞いてもみんな揃って「メンタルは時間かかるから辛抱強く」みたいな事を言うので、まあそういうもんなんでしょう。つくづく難しいもんです。

回復後、振り返ってみると、本人自身「あれは一体何だったんだ」的な心境になるらしいですが、こういう知識が無い場合は再発を繰り返してしまう事も多いのだとか。まさに知識は力なりってやつですねえ。知ってるからって治せる訳ではないですが、少なくとももう僕はパニくる事は無いと思います。

しかし鬱って変な魅力あるよね

今回こういう体験をして、精神医学、心理学、脳科学から果ては哲学に至るまで、色んな情報を集めて勉強する中で、不謹慎ではありますが、正直すっかり魅了されました。新たな世界を知った感がすごいです。エモさに関する勉強にもなりました。これまで「マインドフルネス」だの「禅」だの、なんかヨガとか大好きなアーバンヒッピーな人達のトレンドくらいに思ってて、そこまで深い興味は湧かなかったんですが、「脳」とか「心」とかいうSFビューで見ると、ゴーストインザシェルとかマトリックスとかエヴァみたいな魅力があります。ツレもゼルエル級ATフィールドを展開しておりました。

僕自身も、酔っぱらったりとか、タバコでクラクラきたりだとか、クスリでハイになったり、マリファナでメロウになった事がありますが、鬱病は天然ダウナー系ドラッグによるナチュラルローハイみたいなものです。脳のケミカル具合でこんなにも世界が変化してしまう。かくも僕らはバイオニックマシーンなのです。となると、僕らが認識している世界というのは果たして実在するのか?意識とは?自己とは?みたいな中二領域に突入していって胸熱な訳です。

ちなみに僕が描くマンガもかなりサイコロジカルなアプローチが多いです。『チリンギート』ではマズローとかメタ認知を扱ってたし、『クィアーズ』ではユング・フロイト・アドラー辺りの影響が出てます。闇堕ちもあるし。特別勉強した訳でも狙ってる訳でもないんですが、気づけばそうなってたって事で、僕自身元来そういうものに興味があるんでしょうね。

余談、ブリッツディプレッション

ところで突然ですがここイギリスは北欧です。北欧は高緯度で基本暗いです。冬至は過ぎたとはいえ、今の時期は太陽も1日中低くて影も1日中長いです。総じて陰鬱ディプレッシブだと言われがち。そしてそれは本当です。僕が若い頃ブリッツロックとか聞く奴は、根アカなアメリカンとかに比べて陰鬱系ポジションでした。国民幸福度が高いとされ、みんなが憧れるスカンジナビア諸国も人口比率的な自殺率は極めて高いと言われています。

何が言いたいかというと、陰鬱な地域ではやはり人は鬱になる、という当たり前の事です。セロトニン不足とか言われますね。そして南欧の人達は鬱への耐性が低く、加えてエモーショナルな文化背景を持っています。つまり南欧の人が北欧に移住した場合「メガ鬱を発症する」というケースが頻発します。そのためイギリスでは「地中海系はメンヘラ地雷」というのは冗談半分の通説になっています。ツレは地中海系ではないにせよスペイン人です。そういった環境文化的要因も関係してくるのかな、とか、また別角度から検証してみるのも楽しかったり。いやほんと不謹慎ですいません。でも鬱について鬱々と話してもつまんないし。まあ、まったくの余談です。

ともあれ、まとめ

ツレは一応は回復傾向にあります。しかしパンデミックは続行中です。ロンドンは依然驚異的な数の感染者を出し続けていますが、重症化はほぼ抑えられている模様。僕の周りでも次々にポジティブ→自主隔離が発生しており、その報告がインスタトレンドみたいになってます。オミクロンが天然ワクチンとなって、ついに集団免疫獲得、コロナを「ただの風邪」化して克服するのか。はたまた更なる凶悪なヴァリアントが出現するのか。まだどうなるかはわかりませんが、何にせよ完全収束にはなんだかんだもう1〜2年かかりそうな気もします。

コロナ鬱はコロナのサイドエフェクト、というかもはや直接症状のひとつと捉えた方が正しいかもしれません。あなたも既にポジティブかもしれません(症状はネガティブだけどな)。中二妄想は楽しいけど、本人はかなりしんどそうなので、どうかみなさんご自愛なさってください。やばいかもと思ったら、本格的に闇堕ちする前にお医者さんに相談!別にいきなり開頭手術されたりする訳でもなし、リスクは無いと思いますよ。むしろお医者さんのお墨付き貰えればラッキー、堂々と休職できたり行政の援助受けられたり色々オトクですヨ。

タイトル絵回収

僕の中のベスト映画のひとつ、ヘドウィグ&アングリーインチです。今回のテーマとは直接関係ないんですが、まあ鬱っぽいと言えなくもない。苦悩の末トラウマを克服し、自身を受け入れ前へ進んでいく。「愛の起源」て歌が泣けるのです。


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いつの世も、アーティストという職業はファンやパトロンのサポートがなければ食っていけない茨道〜✨