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38.移住時期をホロスコープ鑑定してもらった結果

タオルミーナで約1ヵ月間を一緒に過ごしたシチリア人の彼は、エディーコラ(新聞スタンド)を売却して東京に移住する、という夢をいつしか語るようになっていました。
私もその夢に乗り、2人で東京で暮らすという新しい将来を思い描くようになったのですが……。


彼と私の将来設計

タオルミーナで生まれ育った彼にとってまだ見ぬ東京はまるで異世界。
私の持っていくちょっとした東京土産やネットで垣間見るさまざまな場所は、彼の想像をはるかに超えて近未来的なものとして映っていたようです。

私の暮らすマンションの間取りや部屋の写真を送るように言われたり、生活費はどれくらいかかるのか、自分が仕事をするならどんな可能性があるのかなど、わりと具体的な話も出てきていました。

初めのうちは単なる憧れだろうと適当に聞き流していたのですが、そのうち私もその気になっていきます。
そして私の夢もいつしか「イタリア移住する」のではなく「移住イタリア人と東京に住む」という、字面だけ見ると似ていますが実際は全く異なるものへと変化していきました。

カタコトの日本語をマスターしイタリアンレストランでカメリエーレ(ウエイター)として働く彼と、派遣社員として働く私と。
収入は少なくてもステキなマンションはあるし、2人でならローンも苦にならずに払えるだろうし、何より家に帰れば毎日イタリアな生活が待っているのです。
苦労してイタリアに移住する必要はありません。

マンマに勝てませんでした

そんな甘い夢を見始めて数ヵ月が経ったころ、私は彼にある提案をしました。
エディーコラはいつ売却できるか分からないし、とりあえず1ヵ月ぐらい東京で暮らしてみたら、という提案です。
とにかく彼はまだ1度も日本へ来たことがないのですし、東京に来てみたら暮らすのはやっぱりムリということになるかもしれません。
私は移住前に短期間だけでも実際に暮らしてみるのは当然の流れと思ったのですが、意に反して彼はそれを拒絶しました。

その理由は「マンマをひとりで置いていくことはできない」。

別にそのままずっと日本にいてほしいわけでも、エディーコラの売却ができないまま母親ひとりにお店を任せるつもりもありません。
ただ、1ヵ月だけでも来てみたら?という提案なのに。

話には聞いていましたけど、イタリア人のマザコンは筋金入りです。
まさか本当に母親を理由に振られる日が来るとは思ってもいませんでした。

今すぐにでも移住したい

こうなってくると、私が東京にとどまる必要は何もありません。
彼の夢に振り回され時間をムダにした、その時間を返してくれ、それがムリなら自力で取り戻したいという気分です。

彼が最終的な結論を出したのが2012年3月でした。
この時の私は派遣の仕事がなかったので、毎月自宅でやっていた隠れ家オステリア「シチリア食堂」を3月だけ拡大版にする計画を立てていたのです。
イタリア語教室やイタリア料理教室など、シチリアから呼んだ彼が東京で働くための自信につながればと思い企画しました。

告知の必要があったので、東京へ来るという彼の言質を取るべく決断を迫ったのが2月の終わりごろ。
なかなか来ない返事を催促し、やっと彼が結論を出したのが開催月の3月にになってからだったというわけです。

結局この月のシチリア食堂は急きょ企画を変更し、アロマテラピストの知人や占い師の友人とコラボしてのものとなりました。 

ホロスコープ鑑定の結果

派遣の契約も入っていないし、私を東京に縛り付けるものはマンションのローンぐらいです。
本当にすぐにでもイタリアへ移住すると勢いづいていた私を止めたのは、件の占い師の友人でした。
彼女がホロスコープを丁寧に見て鑑定してくれたのです。

それによると、私が新しい生活を始めるのは今すぐではなく2013年7月以降、とくに8月中旬から9月中旬に何かを始めると波に乗れそう、というものでした。
ちょうど私の運気が大きく変わるのがそのタイミングで、新しいことにチャレンジするならその運気の流れに乗ったほうがスムーズに行くと言われたのです。
ムリをして早く始めたら、そのタイミングでまた方向転換を余儀なくされる可能性が高くなるようでした。

というわけで、シチリア人の彼に振られたおかげで私のイタリア移住は確定、2013年7月以降を目標に定め現実的に動き出します。

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