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第10夜 新潟の料亭・鍋茶屋「伝説の料理人」と田中角栄元首相

 インタビューをまとめた本を読んで、「この書き手は耳がいいなあ」と、感心させられることがある。相手の語り口、息遣いを的確に写し取り、人となりを生き生きと描き出す。新潟市の老舗書店、萬松堂(ばんしょうどう)の代表取締役だった西村喜邦さんによる聞き書き『愛次郎包丁談義』(新潟日報事業社、1987年)は、そんな一冊だ。
 〈年ですか? ほんだ、いくつになっろ。ま、いいでねェすか。/へへへ、大正元年生まれですがね。おととしの暮れ近ままで、なまら三十何年、鍋茶屋(なべぢゃや)にいまして、調理場ァ、アヒルみてにバタバタ動いていましたわ〉
 冒頭部分から引いた。「愛次郎」とは新潟を代表する料亭の一つ、鍋茶屋(新潟市中央区東堀通8)で、「伝説の料理人」と呼ばれた故・菅原愛次郎さんのこと。1912年に旧北蒲原郡水原町(阿賀野市)で生まれた。「北蒲なまりの新潟弁」で語られる食の風景は何とも味わい深い。文中の「なまら」は、「およそ」の意味という。
 鍋茶屋には政財界人や小説家、俳優などがやって来て、美食を堪能した。塩引きサケの背の部分を干した「ヘギ身」や、天然物の大ウナギのみそ漬け、お座敷に出る「芸者さんたち」の希望でどんどん甘くなっていった卵焼き…。新潟の風土に根差し、手を尽くした料理は、どれもおいしそうだ。
 「下魚も安魚もおかまいなし」に食したのは、新潟県出身の田中角栄元首相である。塩辛い「ヌカイワシ」(イワシのぬか漬け)が好物だった。子どものころから親しんだ味だったのだろう。ご飯のおかずとして注文するお客もいるため、鍋茶屋では一斗樽(いっとだる)に漬けたものを用意していた。
 〈角さん来なると、ヌカイワシはかならず、小せェの三匹お出ししてました…ご飯おかずでのォて、酒のさかなにしなさるんですわ。達者なころは、三匹ペロペロでした〉
 この本は、新潟日報の日曜版の連載をまとめたものだ。今回、後書きを読んで、連載開始直後の1986年10月、菅原さんが病で倒れたことを知った。がんだった。翌年3月に亡くなり、連載は4月で打ち切られた。奇跡的なタイミングで菅原さんの物語は、世に残ったのだ。
 料理は「素材に工夫」、二つそろっていないと様(さま)にならないと、菅原さんは言う。世の事象を取材して文章にしていく私たちの仕事も、料理に似ている気がする。
 (写真は『愛次郎包丁談義』より。♥スキを押していただくと、猫おかみがお礼を言います。下の記事はナンバンエビ=甘エビ=の揚げしんじょうと港町新潟がテーマです)


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