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メンタルヘルス不調における「休む」ことの価値について考える


メンタルヘルス不調になった時、その対応を方法には様々な選択肢があるが、私がメンタルヘルス不調になった方に対応するとき、「休む」という選択を提案することが多い。今回はメンタルヘルス不調における「休む」ことの価値について考えてみたい。

「休む」ことの治療的な意味

「休む」ことは、うつ病などの精神疾患の治療において、薬や精神療法と同じくらい、大きな意味がある。メンタルヘルス不調の代表的な症状であるうつ状態は、強い心理的ストレスにより、脳にある神経細胞同士の情報伝達を行う神経伝達物質であるセロトニンやノルアドレナリンの分泌量が減少して生じている。うつ状態に対しては、この神経伝達物質を増やす薬が処方される。しかし、薬でいくらこの分泌量の減少を補おうとしても、そもそもの分泌量を減らす原因になっている、強い心理的ストレスを遮断しなければ、改善は難しい。この強い心理的ストレスを遮断することが「休む」ことなのだ。

「休む」ことは、不可逆的な選択肢を保留できる

働く人が、就業に問題がでてくるようなメンタルヘルス不調になった時、主な選択肢は、「仕事を辞める(異動する)」「休む」「続ける」である。

「辞める」は後戻りが難しい

体調悪い状態続き、求められる役割をこなせない状態が続けば、人が「その状況から逃れたい」と考えるのは自然である。だから、迷惑をかけるから、自信がないから、「仕事を辞める」という方法をとることも少なくない。辞めなくても、別の職場・職務に異動することもよくある。仕事や職場を変えることで、体調が安定していくこともある。しかし、この選択肢はやってみないと効果がわからないが、後戻りするのが難しい選択肢でもある。

休んでもあとから、「辞める」ことができる


一方で「休む」という選択肢は、その場から逃れ、大きなストレスから回避できるうえ、体調が落ち着いたら戻ってくることができるし、その時に「仕事を辞める」「異動する」という選択肢もとれる。現場で話を聞いていると

「一度休んでしまうと、戻ってこれない気がする。」

という不安を持つ方も少なくない。しかし、実際はどうだろうか。少なくとも私が関わってたメンタルヘルス不調者の方は、適切な療養・治療をうけて職場に戻ったり、新たな活躍の場を見つけている。しっかり準備して職場復帰すれば、休業前よりも活躍している方もたくさんいる。「戻ってこれない」という思いは、メンタルヘルス不調の症状の一つかもしれない。

「続ける」は、他の選択肢が選べない状態


また、「辞める」ことも「休む」こともせず、「続ける」という選択肢をとるケースもある。これは、「続ける」ことで、調子が上向いてきたらいいなぁと希望的な観測、もしくは、他の選択肢が選べない状態のことが多い。この選択肢を選ぶことは、改善する機会を先延ばしにしているにすぎず、調子の悪い状態を長期化させたり、最終的に「続けられない」状態、すなわち不可逆的な結果になってしまうこともある。働けない状態が長期に続けば、雇用継続の機会を失う可能性が高くなるし、何より本人の貴重な人生の時間を謳歌する機会を逸してしまう。状況によって、「続ける」という選択肢をとるとしても、期限を決めておくことが望ましい。

このように、それぞれの選択肢を比べると「休む」という選択肢は、不可逆的な選択肢を避けつつ、目の前にストレスを回避することができる有意義な選択肢といえるのではないだろうか

「休む」ことは、次へのステップを考えるチャンス

「休む」、とりわけ、数日間といった短期的な休暇ではなく、数週間ないし数か月といったまとまった休暇をとったことがある人はあまりいない。体調を崩して、初めて休むという経験をする人が多い中、「休む」ことでは、何かも解決しない、何も変わらないと思っている方も多いかもしれない。
しかし、動き続けていると気づかないものや、わからないものがある。一度立ち止まって、静かな場所で、ゆっくりと今までのこと、今の自分、これからのことを考えると、たくさんの発見ができうる。メンタルヘルス不調に至った理由も、それまでその人が考えていたものとはまた別の理由が出てくることもある。そして、本当に自分がやりたかったこと、自分の心が満たすものが何かを見つけられるかもしれない。
メンタルヘルス不調かどうかは関わらず、「休む」ことは次へのステップを考えるチャンスなのだ。

今回はメンタルヘルス不調における「休む」ことの価値について取り上げてみた。「休む」ということを、後ろ向きだったり、ネガティブな意味としてとらえる方がおおかもしれない。でも、これまでの述べたきたように「休む」ことは、決してネガティブなことでないと私は考える。むしろこれから先、よりよく生きるために、重要な選択肢ではないだろうか。ぜひ、「休む」という選択肢を前向きに考えてみていただきたい。



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<著者について>
野﨑卓朗(Nozaki Takuro)
 
日本産業衛生学会 専門医・指導医
 労働衛生コンサルタント(保健衛生)
 産業医科大学 産業生態科学研究所 産業精神保健学 非常勤助教
 日本産業ストレス学会理事
 日本産業精神保健学会編集委員
 厚生労働省委託事業「働く人のメンタルヘルスポータルサイト『こころの 
 耳』」作業部会委員長
 
 「メンタルヘルス不調になった従業員が当たり前に活躍する会社を作る」



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