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「夜はこれから」

憧れのバンドマンは円山町で女子大生の私を抱いた。「東京って怖い!」と当時は面白がってしまったものだ。定期的に会う訳でもないのに縁は途切れず、今夜も数年ぶりにまた杯を交わしている。好きでもないのに「オトモダチ」だったのはこの人くらいだなとぼんやり思う。行き過ぎたコミュニケーションの手段として、たまに一緒に寝ていただけ。それもすっかり過去の話だ。

「おじさん、繋がってるって何だろうね?」
「おじさんって何だよ、3歳違いだろ」
「あんたはおじさん、あたしはおばさん、現実見てよ」

毎晩違う女とホテルにしけ込んでいた彼もいつの間にか結婚したらしい。LINEのメッセージ通知は非表示にしているらしく、連絡手段はもっぱらインスタのDMだ。「まだその会社で働いてるの?」と時折私をからかってくる。

「プライベートで繋がってる、ってどのレベルなら豪語できるのかなって」
「俺とあなたのことでしょ」
「まあね(笑)。嫌みとかじゃなく本気の疑問なの。だって名言メーカーの某有名ホスト様だってお金払ったらLINE交換できるんだよ。でもそれは営業だから、プライベートで繋がってるとは言わないでしょ。仕事で交換した電話番号とかインスタのDMとか、結構グレーだなって」

レモンサワーを一気に煽り、通りがかった店員へ「おなじの!」とグラスを突き出す。店員は無言でそれを受け取り店の奥へ消えた。レモンくたびれてたけど、いきの良いのに替えてくれるかな。

「俺としては何気ないLINEができるとか、あなたみたいな地方に住んでる子だったら、その街に行くとき連絡して飲みに行ってあわよくば、とかまでいけばプライベートで繋がってると言える気がするけど」
「そうだよね? 辛い思いする覚悟も無しに繋がったら駄目だって、そういう人たちが好きなら知ってるはずなんだよ」
「俺に言ってんの? 当て付け? ねぇ?」

飛び回るハテナを一切無視して、運ばれてきたレモンサワーに口をつける。元気なレモンだ。店員さん、どこの国の人かな。次に通ったら名札見てみよ。

「でもあたしは繋がってるなんて他のファンには言ったことなかったよ、まあ関係ない友達には事実ぼかして言ってたけど(笑)。わざわざ、悪口書く? 繋がってるのが自慢なら逆に堂々とイベントとか参加したら良いし、繋がってない人にマウント取らなくても良いのに。だって本当に繋がってるなら、繋がってない私に勝ってるんだから(笑)。まあ、そんな人と繋がってる人は推せないし私以外だってそうだと思うし、その人が大切なら迂闊にそんなこと言わないと思うんだよね。あーほんと、何処までの範囲を繋がってるとか言うんだろう」
「あなた俺らのライブ、一番後ろで腕組みして見てたよね(笑)。あんま深く聞きたくないけど、相変わらず何かの追っかけなんだ……。まあ、嫉妬なんてした方が負けだし、それ即ち、されたもん勝ちなんじゃないの」
「うん、今ハマってる地下アイドル。写真見る?」
「いいです面倒なんで」
「なんでよ! あんたが一番身になる話をしてくれると思ったのに……」

ぶつぶつ言う私に、まあ飲みな、と彼は笑った。

終電を当たり前のように逃し、べろべろに酔った彼に肩を抱かれながら店を出たのは深夜1時半。

「つながりってー、『な』を『よ』に変えたら『つよがり』だねー」
「おじさん、酔ってるね……」
「『な』が『よ』になる。……長い夜になる!!」
「帰ってください」

あわよくば胸を揉もうとする彼を無視して私は道路に目を凝らす。タクシー、早く通ってよ。

「帰っちゃうの?」

首を傾げる彼を可愛いなと思いながらも、ぴしゃりと制する。

「不倫はしません」
「え〜今日はそのつもりで来たのに……」

肩を落とす彼に何故か罪悪感を覚えかけ、否!!と自分に喝を入れる。常識的なのはこっちのはずだ。

「また連絡するよ。気が向いたら」
「はいはい。ほんと、つよがり!」

タクシーを捕まえてくれた彼は、ドアが閉まる間際、そう言って笑った。手を振る私を乗せて、借り物の車は静かに走り出す。

(……抱いてもらえば良かったかな)

一瞬芽生えた不埒な考えを慌てて否定しながら、ぎゅっと拳を握る。正しい判断をしたのだ。つながれなかったね、と酔った身体が寂しそうにしていても。

定期的に会う訳でもなく寝ることもないのに縁は途切れず、またしばらくしたら杯を交わすのだろう。彼とはそんな関係で良い。そんな関係のままが良い。窓の外を流れるネオンが眩しくて思わず目を細めた。

つながりそびれた、つよがりの長い夜はこれから。



🎧彼氏はいません今夜だけ / コレサワ


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