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地方公務員。鉄道や団地、工場、橋梁、商業施設、酒場、寄せ場など「都市的なもの」、その光…

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地方公務員。鉄道や団地、工場、橋梁、商業施設、酒場、寄せ場など「都市的なもの」、その光と影に興味があります。本業は自治体職員ですが、大学院修了以降、論文やブログの執筆もしています。昭和最後の世代。なお、記事に記載した内容は、本人の所属する組織・団体とは一切関係ありません。

最近の記事

泉都と斜都の平熱ー静岡県熱海市

泉都としての熱海去年、そして今年と師走に訪ねたのは、静岡県熱海市。東京からおよそ100km、伊豆半島の入口に位置するこの街は日本を代表する「泉都」と知られる。 その歴史は古く、「大湯(おおゆ)」と呼ばれる熱海温泉の源泉(間欠泉)が見つかったのは、天平勝宝元年、749年のことである。その後、1602年の徳川家康の来湯を契機に「大湯」の名は各地に広がり、多くの大名や武家が訪ねた。なお、家康をはじめとする来訪者は「湯治」、すなわち疾病への治療を目的とする温泉療法を受けるためであっ

    • 東京にある「23の区役所」について調べてみた。

      「建築」という趣味に「地方公務員」という仕事柄も相まって、都道府県庁や市役所をはじめとした公共建築に関心がある。実際に現地を訪ねて、鑑賞することもあるが、様々な資料を読み解き、建物の背景や文脈を辿ることで、違った見方ができることに、楽しさを感じている。 今回は、区役所で勤務するわたしにとって、もっとも身近な公共建築である「東京にある23の区役所」について、建築を軸に語ってみたい。ただし、23か所もあるため、いずれも簡易なものとなってしまう一方で、調べるなかで出会った興味深い

      • ミスチルとともに「大人」になれたのか。

        誕生日(19日)を迎える9月が始まった。恥ずかしながら、あと少しで35歳になる。巷では歳を重ねるたび「その実感が薄れていく」と言われるが、それとは裏腹に「歳を重ねる感慨」は一段と深くなっていく気がしてやまない。 幼い頃、もはや生まれつきと思っているネガティブな思考ゆえに、夭折や早死をテーマにしたドキュメンタリーや映画を見るたび、遅かれ早かれ「自分にも襲いかかってくる」と思い、しばしば眠れなくなったことを覚えている。それを思えば、35歳となる自分に「よくここまで生きた」と感心

        • 静寂の郊外(1)ー埼玉県幸手市

          今回は5月の休日に、埼玉県幸手市を初訪問したときのことを書きたい。しばしば幸手市は「やばい」などネガティブな言葉で語られるものの、いざ訪ねてみると、旧日光街道沿いに建ち並ぶ本物の昭和レトロな街並みや、隠れたモダニズム建築の傑作「幸手市役所」、そして大量供給時代におけるひとつの到達点である「幸手団地」と、いくつもの発見があった。 なぜ幸手なのか 日ごろからテレビを見ることのないわたしが唯一、毎週チェックするのが「アド街ック天国」である。憧憬と継承を抱きながら見ているこの番組

        泉都と斜都の平熱ー静岡県熱海市

          「横浜らしさ」を追い求めて(2)ー天王町(横浜市保土ヶ谷区)

          2008年1月19日 初めて相鉄に乗った日はよく覚えている。 その日はわたしにとって2度目となるセンター試験の受験当日で、1年前と変わらない試験結果を前に茫然自失となりつつも、一抹の希望を求め和田町駅から相鉄に乗り込んだことを。 1度目のセンター試験、すなわち現役の頃の会場は東京工業大学大岡山キャンパス(東京都大田区)だったが、それは在籍する高校の場所によって決まったと聞いたことがある(わたしが通う高校は大田区南部に位置していた)。そして、2度目の会場は、その時の住所によ

          「横浜らしさ」を追い求めて(2)ー天王町(横浜市保土ヶ谷区)

          「横浜らしさ」を追い求めて(1)ー相模鉄道

          年末年始という「劇変」年末が近づくに連れて浮き足立つ街の雰囲気が、新年を迎えるとともに、地に足ついたものへと変わる。幼い頃から、この「喧騒から静寂への劇変」にこころが追いつくことができず、年末年始が好きになれなかった。それゆえ、多くの人が嫌がるであろう「仕事始め(学生の頃は始業式の日)」を、いまでもわたしは「日常が戻る日」として待ち遠しく思っている。杓子定規に過ぎない、年頭の挨拶を繰り返すのは嫌だけれども。 そんな年末年始の暗澹たる気持ちを晴らすために、いわゆる三が日のどこ

          「横浜らしさ」を追い求めて(1)ー相模鉄道

          水を「飲むこと」と「買うこと」ー消費社会の到来とミネラルウォーター

          はじめに わたしは水とコーヒー(ブラック)、そして、お酒(ビール、日本酒、ウイスキー、ワイン)があれば、幸せに生きていける自信があります。これらの飲み物はいずれも生活に不可欠であるとともに、好きなものです。 もともと、この note は「まちのこと」だけを書くものと考えていましたが、せっかくだから「好きなもの」についても、ジャンルを問わず書いてみようと思いました。手始めとして、今回は「水」について書いてみます。これまでと趣きが少々異なりますが、自分で調べて、考えて、文章を

          水を「飲むこと」と「買うこと」ー消費社会の到来とミネラルウォーター

          美しいものは美しいー葛西臨海公園(東京都江戸川区)

          台風が過ぎ去ってからというもの、否が応でも、季節の進行を感じる日々が続いている。そんな中、院生時代のある友人が「秋になると憂鬱になる」と言っていたことを思い出した。初めてこの言葉を耳にしたとき、「冗談で言っているんでしょ」と言って相手にせず、疑ってやむなかった。幼い頃から、毎年、必ずといっていいほど夏バテに陥るわたしにとって、秋の到来は「夏」という桎梏からの開放を意味していたからである。 ともあれ、疑問に思っていた友人の言葉は、秋が深まるに連れて、現実のものとなっていた。す

          美しいものは美しいー葛西臨海公園(東京都江戸川区)

          「団地好き」の先にあるもの。

          しばしば「団地好き」を謳っているが、その魅力を人に伝えることは難しい。「なぜ団地が好きなの?」と問われても、理由を上手く述べられないことはおろか、何か話し始めていいのかわからない有り様である。 「団地」と聞いて、その定義を訪ねてくる人もいれば、高齢化や空き家など現代社会が抱える問題と絡めて、現状を聞かれることもある。さらに、より実用的な関心から「家賃はどうなのか、住むためにどうすればよいのか」といったまるで不動産屋のようなことを聞かれることも、少なくない。また、人によっては

          「団地好き」の先にあるもの。

          「竹山団地」無骨と繊細の共存-神奈川県横浜市緑区

          先日、スマホのSIMを話題のahamoに変えてみた。それまでは格安SIMブームに乗っかる形で、MVNO(旧楽天モバイル、BIGLOBE、OCNモバイル ONE)との契約が続いていたが、大手キャリア各社の料金プランが劇的に値下がりした今日、もはやMVNOの存在価値が見い出せなくなってしまったのである。 気になる通信環境だが、docomo回線というもっとも良質とされる電波を用いた通信は、実に快適である。もう時間帯によって通信速度が異なるMVNOに戻ることはできまい。 思い返

          「竹山団地」無骨と繊細の共存-神奈川県横浜市緑区

          「中央林間」東急と小田急の臨界点ー林間都市(1)(神奈川県大和市)

          経済誌を眺めると「K字回復」という言葉が目につくようになった。当初「コロナ禍」は経済全体に対してショックを与えたが、そこからの回復にあたっては業界ごとの差が大きいと言われる。情報関連産業のように、コロナ前の水準への回復はおろか、最高益を叩き出す業界がある一方で、外食産業や観光産業など、依然として回復の糸口さえ掴めず、低迷し続ける業界もある。この業界間の格差を、右上と右下に進む「K」の文字が表しているというわけだ。 「K」の右下、つまり低迷を続ける業界のひとつが鉄道である。「

          「中央林間」東急と小田急の臨界点ー林間都市(1)(神奈川県大和市)

          「不毛の地」に佇む風車の過去と未来と現在地ー波崎ウィンドファーム(茨城県神栖市)

          「あの景色を見ることができる」、そんな気持ちに心踊りながら歩いている。 かき分けるように防風林を抜けると、小さな砂丘が見える。真上からは照りつける太陽にさらされ、足元からはその光を照り返す砂に囲まれる世界。汗が滴り落ちるなか、10分ほど歩くと目的の場所となる。 延々と続く砂山にほんの少し生える雑草は、この地が不毛の地と呼ばれる「砂漠」ではなく「砂丘」であることを教えてくれる。 砂丘を超えた先にある砂浜に向かって、波が打ちつける海まで歩く。後ろを振り向けば、そこには12

          「不毛の地」に佇む風車の過去と未来と現在地ー波崎ウィンドファーム(茨城県神栖市)

          見えがくれする房総の「奥に向かって」ー奥房総(1)

          「奥房総」という言葉を知っているだろうか。 千葉県をテーマにした旅行サイトや観光ガイドでしばしば目にするが、人口に膾炙しているのか定かではない。そこでは、文字どおり房総半島の奥地、具体的には養老渓谷などを含む「県立養老渓谷奥清澄自然公園」の一帯を表す言葉として使われている。もっとも、その定義は曖昧で、住居表示や地名として行政が用いているわけではない。 似たような言葉で「奥日光」がある。こちらは「奥房総」とは異なり、いまや日光の観光地の一部地域を表わす言葉として人口に膾炙して

          見えがくれする房総の「奥に向かって」ー奥房総(1)

          「取り残された木更津」を探しに(2)ー千葉県木更津市

          東京湾アクアラインの開通によって、木更津の「光と影」は明確に分かれた。郊外を中心に「光 」が射す一方、中心市街地は影として、その恩恵から完全に取り残れることとなった。それを象徴する建物を見に、再び駅へと戻ることとする。 木更津駅前に「スパークルシティ木更津」という商業施設がある。木更津の商業施設ではもっとも高い9階建てのこの建物は、もともと、駅前再開発事業として建設され、1988年に完成した。その際、キーテナントとして入居したのが「木更津そごう(当初はサカモトそごう)」で、

          「取り残された木更津」を探しに(2)ー千葉県木更津市

          「取り残された木更津」を探しに(1)ー千葉県木更津市

          江戸時代より房総半島の中心都市として栄えた木更津。この街と東京湾を挟み、対岸に位置する川崎を一本の道路で結んだのが、1997年に開通した東京湾アクアラインである。日本の土木技術のひとつの到達点ともいえるアクアラインによって、東京周辺の交通アクセスは飛躍的に改善する一方、結ばれたふたつの街には、決定的な格差が生まれた。 今回は「1997年以降の木更津」に焦点をあて、街並みの劇的な変化を見てきたが、それは都市社会学の文脈で使われる「ストロー現象」を想起するとよい。すなわち、コッ

          「取り残された木更津」を探しに(1)ー千葉県木更津市