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「ゆたかさのしてん」を読んで得た、“暮らしのなかで働く”視点

鳥取は、なにもない?

日本一人口が少ない都道府県、鳥取。

転勤してから、数えきれないほどの人に「鳥取はなにもないから、つまらないでしょ?」と言われた。その頃はまだ何も知らなくて、曖昧な返事しかできなかった気がする。

かけられた言葉は謙遜なのか、はたまた本気なのか。


どちらにしろ、なんだか悲しかった。

“鳥取はなにもない”と思っているのも、
“なにもないからつまらない”と思っているのも、
本気で思っていなくても口から出てしまうのも。


鳥取に住んで2年が過ぎたものの、つまらないと思ったことはなかった。「帰省しにくい」とか、「雨や雪が多い」とかの要因で気持ちが沈む日はあったが、“つまらない”とはベクトルが別である。

日本のスーパーなら大抵売っているであろう人参が、よくわからないけれど感じたことのないオーラを放っていたり、古い商店街でふと上を見上げると、ドライフラワーの内装が素敵なアクセサリー屋さんがあったり。

スーパーにも、アクセサリー屋さんにも、地元のファンがついているようだった。職場でも家でもない、誰かにとっての第3の居場所なんだと思う。外から来た私でさえ、可愛らしい店員さんと顔見知りになったほどなのだから。

こういった鳥取での暮らしを知ると、「つまらない」なんて言葉は、出るはずがなかった。


鳥取でのクリエイティブな暮らし

ある日私は、お気に入りの本屋さんで1冊の本に出会った。「ゆたかさのしてん―小さなマチで見つけたクリエイティブな暮らし方」。タイトルと、写真に惹かれた。

著者の木田悟史さんは、日本財団の鳥取事務所所長をされている。これまでは、NPO向けのポータルコミュニティサイト:通称「CANPAN(カンパン)」の立ち上げや、東日本大震災後に支援物資の調達などをされた方だ。ご自身のnoteでは鳥取での暮らしも発信されている。


本に登場するのは、タイトルのとおり鳥取県内でクリエイティブな暮らし方をする8名。職種も、働き方も、全員異なる。笑顔が素敵な8名を、少しだけご紹介したい。

・岡山から若桜町に移住し、自然を大切にしながら味噌作りを行う 藤原啓司さん (藤原みそこうじ店)
・アメリカ・カナダに留学後、八頭町へUターン。未来に残す森を作る 大谷訓大さん (自伐型林業推進協会理事)
・パートナーの故郷、智頭町に戻り、建築士の視点で地域をデザインするご夫婦 小林和生さん・利佳さん(設計事務所「プラスカーサ」)
・鳥取銀行にUターン就職し、金融に関わる一人として街の未来を考える 齋藤浩文さん(鳥取銀行)
・東京でデザイナーとして活躍するも、地元の人が八頭町を誇れるようにとUターン 古田琢也さん(㈱シーセブンハヤブサ・㈱トリクミ)
・東京の制作会社に所属したまま大山町に移り住み、町民だけが見られるケーブルテレビを立ち上げた 貝本正紀さん(アマゾンラテルナ)
・米子市にUターンし、子供たちの居場所を作りながらWebメディアの編集長を担う 水田美世さん(「+〇++〇」編集長)
・大阪の大学を卒業後、八頭町に移住。馬とふれあいながら子どもの成長を見守る 大堀貴士さん(NPO法人「ハーモニィカレッジ」)

8名全員が、鳥取県以外で暮らした経験を持ち、それぞれのタイミングで住居を移している。外の世界も知る彼らは、鳥取での暮らしをどう見ているのか、かなり興味深かった。


「違和感⇒行動」がミニマムで確実

本を読み終えた私は、紹介された8名が「違和感を持ってからの、探求と行動が早いな……」と思った。

たとえば、㈱トリクミの古田琢也(ふるた たくや)さんは、7年前に仲間と地元をPRする取り組みをはじめた。きっかけは、“地元での仕事や生活をよく言う人がいない”ことに、違和感を持ったから。

当時は東京で、フリーデザイナーの仕事と並行して行うほど熱量が高かった。しかし、さすがに断ろうと思った仕事もあったそう。

「駅前の廃施設を使って町を盛り上げてほしい」

地元住民からのSOSだった。仮に飲食店をやったところで、こんな田舎に人が来るのか……。断ろうとした翌日、ご友人の北村さんが「工場の仕事を辞めてでも店をやる」と声を上げた。古田さんの小さな違和感から起こした行動が、目の前の友人の心を、確実に動かしていたのだ。

何かを変えていくには、まずは自分の行動を変えなければならない。だから、ミニマムな違和感を無視しない。私にはまだ、無意識にこぼれ落ちている感情がありそうだと思った。


もうひとつの共通しているは、「ないものねだりより、あるもの探し」をしている点である。実際、この言葉に強く心を動かされた方がいた。八頭町で自伐型林業を行う、大谷訓大(おおたに くにひろ)さんだ。

自伐型林業とは、山主が自分で木を切り、原木市場で売って収入を得る林業。一般的には、広い林道を作るために山を大幅に削ることもあるそうだが、大谷さんが作る林道は最小限の道幅だそう。山崩れを起こすリスクや、森を次の世代に残すことを考えている。

また、少し離れたところから見た、大谷さんが作る山は美しい。「庭師のような感覚に近いのかも」とも話されていた。

使い勝手の良さと、美しさの追求。大谷さんの生き方は、民藝のまち鳥取の「用と美の感覚」にも近い気がした。(のちに木田さんも、同様のコラムを書かれていた)

「用と美」というのは、民藝の言葉である。「使い勝手の良さと、見た目の美しさ」という意味をもつ。鳥取県は、歴史的背景から窯元が多いのだが、「民藝のまち」であると知っている県外の人は少ないのではないか。ただ、県内には民藝から継承されている文化が色濃く残っている。(窯元が多い背景を知るには、「民芸とは何か」という本をおすすめする)


自然に、用と美のバランスを考えているのだろうか。私はずっと、鳥取には「ものごとに向き合う文化」があると感じていた。

本のなかでも、大谷さんだけでなく、8名全員が日々の生活で「あるもの探し」をするのが上手かった。

みんな、暮らしと向き合っているんだ。だから少しの違和感も気づくし、なぜ違和感をもっているのか探求するし、行動に移そうと思えるんだ。いい気づきを得た。


自分のやり方で人生を生きてみよう

個人的に印象深かったのは、地域の文化を綴るメディア「+〇++〇(トット)」を立ち上げた、水田美世(みずた みよ)さん。埼玉県のギャラリーでもともと学芸員をされていたが、出産・育児を機に、生まれ育った米子市に戻った。私は、水田さんが話された言葉にはっとした。

「自分の言葉で自分の地域に起きていることを残すことに意味がある。記録を残すことは歴史を作ることであり、自分の生活がどう歴史や社会にコミットしていくかを体現すること。」(同書P114より)


最近、「私が書くことの意味ってなんだろう」と考える時間が増えた。その問いに、ひとつの答えをいただいた気がする。

今、目の前で聞いた話を、温度感そのままに書く。目撃したものを、情景が思い浮かぶように書く。そうして歴史が残ってきたんだと思うと、ライターの仕事はものすごく意義がある。

「今」だけの話ではない。ずっと世の中に残るのだから。


暮らしのなかに働く時間がある

何度でも読みたい本だと思った。8名それぞれの自分らしい生き方はもちろんだが、なにより筆者の木田さんのコラムが素敵だった。1人のエピソードにつき、3つもコラムを寄せているのだ。木田さんのコラムを読んで、さらに暮らしへの考えが深まる。

本では「鳥取での働き方」にフォーカスを当てていたものの、結局は、それぞれの暮らし方のエピソードだった。どんな暮らし方がしたいか、そのうえでどんな働き方がしたいか。「暮らし方」と「働き方」は別物ではなく、「暮らしのなかに働く時間がある」と気づかせてくれた。

私はこれからのキャリアとして、フリーランスの道を選んだ。「暮らし方」と「働き方」が今まで以上に重なり合うだろう。もし、重なりすぎて悩む日が訪れたら、この本を開きたい。自分はどういう暮らしをしていきたいか、じっくり考える時間をつくろうと思う。



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