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「文章が読めないサルたちの世界」という話

まえがき:読字のメディア論

 ネット上には明らかに文章を読めない人、書いてあることを読まない人、読解力のない人(誤読する人)が多いです。

 「日本人の5割くらいは5行以上の長文読んで意味を取ることができぬぞ…」といったツイートが少し前に話題になっていましたが、文章が読めない人が多いという指摘は他にも多くあります。

 たとえば、ミュージシャンの後藤正文は次のように述べています。

 他にも文章を読めない人についての指摘は多くありますので一通り列挙してみましょう。

 確かに、ネットを利用していると明らかに文章を読めていない人(あるいは、そもそも読んですらいない人)を結構な頻度で目にします。例えば、ニュース記事へのコメントを覗いてみると、明らかにニュースを読まずに、ニュースの内容とは全く関係のないコメントをしている人が結構います。経済評論家の加谷珪一も次のように述べています。

ニュースサイトのコメント欄を見ても、明らかに文章を読んでいない人のコメントや、ひとつのキーワードだけに反応し、文脈をまったく無視したコメントが無数にアップされているのが現実です。文章を読んでいない、あるいは読めていない人が一定数存在しているのは間違いないでしょう。

(『ツイッターで「クソリプ」を返す日本人多数 大半は読解力不足』)

 こういった「文脈をまったく無視したコメント」(いわゆる「クソリプ」と呼ばれるもの)をツイッター上では当たり前のように目にします。ジャーナリストの佐々木俊尚はクソリプは読解力の不足が原因ではないかと指摘しています。

ジャーナリストの佐々木俊尚氏は、ツイッターでのクソリプ(どうしようもない返信のことを指すネット上のスラング)の原因は大半が読解力の不足によるものではないか、と指摘しています。

(『ツイッターで「クソリプ」を返す日本人多数 大半は読解力不足』)

 確かに、的外れなコメントをしているネットユーザーは割と見かけますが、そういった原因は読解力不足と考えられます。文章を読み解けない(あるいは、そもそも読まない)人がいることで、まともに意思疎通(コミュニケート)することも出来ないといったことは、ネット上ならばよくあることのように思えます。

 評論家の樋口裕一は「読解力」について次のような興味深いことを述べています。

 読解力、すなわち、物事を読み取り、理解する力。これこそが人間社会で生き抜くために不可欠な力だと断言してよかろう。人間は、日々、読み取って生きている。周囲の人間関係を読み取り、社会現象を読み取り、自然現象を読み取っている。そして、もちろん文章も読み取り、図表を読み取っている。これらの力があれば、現代社会を生き抜いていける。読み取る事ができなければ、物事を理解することができず、あらゆることに関して、手をこまねいているほかない。つまりは、読解力のある人が、社会では「頭がいい人」とみなされる。読解力のない人が、愚かな人とみなされる。普通、「読解力」という言葉は、狭義に解されて、「文章を読解する力」を意味する。それには理由がある。すべての現象を読み取る力の基本になるのが、文章を読み取る力なのだ。(中略)端的に言ってしまえば、文章を読み取れる人は、様々な現象が読み取れる頭のいい人であり、文章を読み取れない人は、様々な現象を読み取れない愚かな人ということになる。

(樋口裕一 『「頭がいい」の正体は読解力』)

 (誤読も含め)文章が読めないということは、本を読むことも新聞を読むこともできません。そうなれば、本や新聞などの媒体から情報を手に入れることが出来ないわけですから、文章から情報を得ることができず、「様々な現象を読み取れない」と考えられます。

 ニュースを読み解けず、社会で起きている様々な現象を読み解けないと考えられます。本を読まない(読めない、読み解けない)わけですから、大して知識を増やすこともできず、様々な現象が読み解けないと考えられます。

 平成30年に行われた文化庁の調査によれば、日本国民の約二人に一人は一カ月の間に一冊も本を読まないといいます。

 1か月に大体何冊くらい本を読むかを尋ねた。
「読まない」が 47.3%,「1,2 冊」が 37.6%,「3,4 冊」が 8.6%,「5,6 冊」と「7 冊以上」がそれぞれ 3.2%となっており,1 冊以上読むと答えた人の割合が 52.6%である。

(『平成 30 年度「国語に関する世論調査」の結果の概要』)

 日本では「読書離れ」や「活字離れ」といったことが進んできていると言われていますが、実際、日本国民は殆ど本を読まなくなってきています。そうした状況に対して、教育学者の齋藤孝は次のように批判しています。

 今の学生は、知的な本を読む習慣さえ持っていません。(中略)小説ともいえない通俗小説や、内容の薄いエッセイ、あるいは漫画がほとんどです。さほど難解ではないはずの新書レベルの本でさえ、読んでいる学生は非常に少ない。(中略)基本的な向学心というものは、読書量に表れます。本を読まない学生を見ていると、向学心の衰退を認めざるを得ません。(中略)これは学生に限った話ではありません。学生時代に本を読む習慣を身につけないと、社会人になってからはなおさら読みません。大人の”本離れ”は深刻です。たとえば読売新聞が二〇〇七年十月に行った調査によると、「この一ヵ月間に読んだ本の冊数」という設問に対し、「読まなかった」という回答が五一・五パーセントにも達しています。敷衍して考えれば、国民の半数以上が一冊も本を読んでいないということです。これでは「バカ社会」になるのも、仕方ないことかもしれません。

(齋藤孝 『なぜ日本人は学ばなくなったのか』)

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