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女は「あなた少しも妬んでは下さらないのね」と云った。

「別れた人との再会ってどんな感じ?」と思う方へ、小説の一片を!

ご紹介するのは、森鴎外作「普請中」。
某官庁の高官渡辺は、ある晩、銀座のホテルで、外国人女性と会食します。ドイツ語を話すその女性は、渡辺の旧知の人で、二日前にウラジオストックから来日しました。次の描写から、女性が、過去に、ドイツで、渡辺と恋愛関係にあったと察することができます。

 女が突然「あなた少しも妬んでは下さらないのね」と云った。チェントラアルテァアテルがはねて、ブリュウル石階の上の料理屋の卓に、丁度こんな風に向き合って据わっていて、おこったり、仲直りをした昔の事を、意味のない話をしていながらも、女は想い浮かべずにはいられなかったのである。女は笑談のように言おうと心に思ったのが、図らずも真面目に声に出たので、悔しいような心持がした。

「今も、いくばくかの思いを残す女」に対し、男の態度は冷淡です。「既に終わっている」と女性にわからせたいのかもしれません。ただ、彼が、女性のために、現在の彼にとっては「破格」な晩餐を用意したこと、そして、テーブル越しに、女性が手袋を外して差し伸べた手をしっかりと握ったことが気になります。

森鷗外がドイツ留学しているため、自然と渡辺を鷗外と重ね、その心情をああではないか、こうではないかと推し量ってしまいます。それもこの作品の魅力のひとつなのかもしれません。

お立ち寄り頂き、ありがとうございました。

物語の一片 No.6 森鷗外作「普請中」  

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