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違和感を大切に

どうも
精神科病院勤務
専門学校外部講師脳神経学
をしている者です

さて

他人の言う事に従うだけじゃ、人生は変わらん
って話

欧米と単純比較してみりゃ
日本ってのはパブリックスペースを活用する意識が低く
ルールの縛りばかりってのがあります

そもそも公園も少なくて
しかも土地も狭いし
無駄に住宅街ばっかやし
公園があっても
「あれやめろ、これやめろ、あれもこれもやめろ」
ばっかり

ボールで遊ぶな!
スケボーするな!
~するな、するな、するな

じゃあ、どこで運動するんやろ?

国土交通省の喜多功彦氏は
「日本で行政サイドとして公園に関わる者は
植物専門家や農学部出身とかばっかやけど、
英国の公園はプロサッカーチームのコーチとかがマネジメントしている事例もある」
とか言うてて

やっぱり誰が判断しているか
が、如実にでてるよな~(;'∀')と感じるわけです

お硬い人間が管理なんてやるから
こんな固い公園になる

欧米との
この違いはなぜなのか??

欧米とかで言えば
王室みたいな統治者が使用してたスペースを徐々に民間が勝ち取って獲得してきた歴史があります

つまり
高い当事者意識
活用意欲

があるって事が指摘されてます

そら、
自分らで勝ち取ったんやから
大事にするって話ですね

公園
パブリックスペース
は自分達の居場所という意識が
ちゃんとある

ただ
硬い人間が決めたルールに
従うだけじゃない強さがあるのです

が、この島国では
民衆自らの意思で幕府や大名から土地を奪った事はないし
従う事しかしなかった歴史があります

革命も起こさない
起こせないという民族性がある

しかも結局最後は
1853年に米国に脅されて大政奉還して
そっから急いで欧州を真似ただけなので

今もまだ
「目上様の言う通りに従います」
という気質は変わらないままなのです

で、
公園なんていうパブリックスペースに対しても気質は受け継がれ

ルールには民衆は従うのみ
決定権は権力者のみ

これが如実なのは
やはり外国人から見たら驚かれてる
あまりの「禁止事項」の多さ
ですね

こんなん

これ、ほんまに公園なん?
どこがパブリックスペースなん

これが異常って事も気づかない日本人
違和感すら感じない者もいるようです・・(-_-;)

みなさんも
パブリックスペースにこれだけの「禁止事項」がある事に
違和感を感じてないとかありません?

その意識があるなら
まだまだ日本人は
江戸時代のノリのままなんです

精神的には
まだ近世を生きてる

士農工商穢多非人
のまま

目上・目下
目上が言う事は絶対。
という意識のまま

もはやこれは
「公園」とは呼ばないでしょう

とてもパブリックスペースとも言えません

まるで日本のルールは
運動禁止と言われているような感じすらします

しかも
日本人はそのルールを絶対視・崇拝します

そのルールを破った者には「罰を」という意識がありますよね

村八分のままです
村監視社会そのもの

この日本では
革命が1度も起きてません

もう心底染み付いてしもてる

「目上の言う事が絶対である」という教えが

やはり
自分達で違和感をもって
勇気を絞って
一致団結して
革命を起こしたフランスは
素晴らしいなと再認識するのです

自分達で戦って勝ち取った!

ブラック企業なんかからも
どれだけ悪質でも
そこから自分達では抜け出せないなんてのも
同じでしょう

施設で
患者や利用者への虐待なんかがあるのに
誰も上に対して声をあげれず
自分達で変えられないのも
似てると思います

革命という
自分達で変える!
という思想が足りない

時には
我々の人生において
革命という視点は大事な事です

自分が「おかしい!」と思った事は声をあげる!!
それができないならせめて「そこから逃げる!!」
という
<戦闘>は必要です

人生ではね

この世は
実際は
やはり誰もあなたを守ってくれません

最後の最後は
やはり自分だけが
自分の味方なのですよ

あなたを裏切らないのは
あなたの知識と経験値と技術と学びです

自分の職場が「なんかおかしい」と感じたら行動しよう!!
自分の家族が「明らかに変や」と感じたら行動しよう!!

目上の言う事を聞いてるだけじゃあかん
何の疑いもなく指示に従うだけじゃあかん

自分。という軸を大切に!

こういうのにも
違和感をもっていきましょ


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