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せき@コトノハセイサクシヨです。 思ったことを、つらつらと。 http://ktnh.…

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せき@コトノハセイサクシヨです。 思ったことを、つらつらと。 http://ktnh.me/ktnh/

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    -경성궤도의 이야기- 日本統治時代の京城、解放後のソウル、その街に、ひとつの私鉄が走っていました。時代の波に揉まれ、消えていった鉄路が残した「ものがたり」です。

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記事一覧

郷の味

ようつべの韓国まちあるきライブ配信を見て、以前から気になっていた襄陽のことを調べてみた。 襄陽、なんとなく海のイメージを持たれがちだけど襄陽市街地は江原道北部の…

kotonoha_seki
4か月前
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夜に旅する

ソウルの南郊からムグンファ号に飛び乗る。きっぷ無しの無札乗車だが何とか座れて、通りがかった車掌からきっぷを買う。永登浦の発音が難しく何度か聞き返される。車掌は文…

kotonoha_seki
1年前
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昔の鉄道から、まちへと歩いた春の日

前投稿からのつづき 早春の金曜、ある列車の最後を見届けるため訪れた山陽路。 ちょうど他に見ておきたかったものもあるので…と訪れた笠岡の街、廃線跡の探索が思いのほ…

kotonoha_seki
2年前
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京城の電車ゆめ語り -京城軌道- 3

 日本統治下で賑わうソウル、いや京城の街。日本人が続々と入植してゆく、京城の近郊。朝鮮時代から内陸水運の河川港として、また渡し場として賑わっていた纛島のまちも、…

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2年前
4

京城の電車ゆめ語り -京城軌道- 2

 ソウルの、いや京城のまちの電車ものがたりなどをつらつらと「ゆめ語り」しているのですが、初回からの続きをば… 初回記事はコチラに https://note.com/ktnh/n/n672fd6

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2年前
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京城の電車ゆめ語り -京城軌道- 1

 ソウルの街を縦横に駆け巡る地下鉄、郊外へひた走る電鉄。いまのソウル都市圏は世界トップレベルの電車ネットワークを誇る街。そんなソウルにも、昔、市内電車が走ってい…

kotonoha_seki
2年前
5

昔の鉄道を、歩いてきた春の日

先日ちょっと機会があって訪問した笠岡のまち。昔走っていたちいさな鉄道に、逢ってきました。 海の街を感じながら、駅跡を見て、残された車両を見て、乗って、潮風を感じ…

kotonoha_seki
2年前
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昔の鉄道に、逢ってきた春の日

先日、とある列車が運行終了となりました。 岡山と福山を結ぶ快速電車の運行が、2022年春のダイヤ改正で消えました。この列車はその昔、新幹線が出来る前に山陽本線を広島…

kotonoha_seki
2年前
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1月17日

1月17日の朝、毎年思い出す、あの日。 震源から20km程度の近距離ながら幸いにも強烈な破壊力を持った揺れには襲われず、とはいえ目が覚めるほどの異様な音(それは地鳴り…

kotonoha_seki
3年前
1

穏やかな、新年。

昨年も、「今年こそはきちんと書く」と、書いたままだったかな…。 などと恥ずかしいことを思いながらの新年はじめてのnote。書かないと、ほんと、感覚が鈍りますね…。 …

kotonoha_seki
3年前

いなかぐらし

昔は、とてもイヤでした。 ご近所の物見高い視線とか、家庭の事情など漏れまくりの個人商店/各種サービス業の口コミネットワークを迷惑に思っていましたが、これらのこと…

kotonoha_seki
3年前
1
+26

写真で辿る、夜から朝。

kotonoha_seki
3年前
6

生きる

ここ数年、写真投稿サイト「flickr」を、よく見ます。 欧米でよく利用されているサービスで、比較的高齢者の利用も多いのか古い写真も多くアップされています。そして従軍…

kotonoha_seki
3年前
9

四半世紀

もう、そんなに経ったのですね。 最近は、この話題に「生まれる前のことなので…」という反応も結構頻繁に聞かれ、自分の加齢について実感する場面にもなったりしています…

kotonoha_seki
4年前
1

いろいろある、新年。

いろいろあって渋ってたけど、いよいよ、やってしまいました… 何やかんやで順調に進んだかと思いきや、落とし穴が… メーラーが不調に。送受信不可能!これは困る… い…

kotonoha_seki
4年前
1

今日は、何があったかな…

以前は、そんなことを特段に考えずとも「何かしらの刺激」がある場所へ、出向けていた。 今は、ほぼ半径2kmの範囲内での生活で、公共交通もほぼ使わない暮らし。 こんな…

kotonoha_seki
4年前
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郷の味

郷の味

ようつべの韓国まちあるきライブ配信を見て、以前から気になっていた襄陽のことを調べてみた。

襄陽、なんとなく海のイメージを持たれがちだけど襄陽市街地は江原道北部の山から流れてくる谷筋の集まるところに邑城が築かれ郷校も置かれる「山の拠点市街」だったので、本来の名産品は山の松茸・山菜と川のハゼ(ウキゴリ)でチュオタン/どじょう汁的なハゼ汁「トゥゴリタン(뚜거리탕)」が名物料理ということなんですね…。

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夜に旅する

ソウルの南郊からムグンファ号に飛び乗る。きっぷ無しの無札乗車だが何とか座れて、通りがかった車掌からきっぷを買う。永登浦の発音が難しく何度か聞き返される。車掌は文在寅だった。新聞が欲しくなり頼むと中から一頁だけ抜き取って渡される。その頁は文氏お気に入りの記事でもあったのだろうか。

きっぷも買い新聞も手に入れて安心したら寝落ちし気付けばソウル駅に着いて車内は清掃中、慌てて降りて時計を確かめると8時1

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 昔の鉄道から、まちへと歩いた春の日

昔の鉄道から、まちへと歩いた春の日

前投稿からのつづき

早春の金曜、ある列車の最後を見届けるため訪れた山陽路。
ちょうど他に見ておきたかったものもあるので…と訪れた笠岡の街、廃線跡の探索が思いのほか興味深く心惹かれるものでしたが帰宅への刻限も近づき、駅へと向かうべく進路を変え、踏切跡から「まち」へと分け入ることになりました。

踏切を渡った気分で歩を進め、まちの裏側から中へと分け入ってゆきます。

まちの裏側を流れる水路、というか

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京城の電車ゆめ語り -京城軌道- 3

京城の電車ゆめ語り -京城軌道- 3

 日本統治下で賑わうソウル、いや京城の街。日本人が続々と入植してゆく、京城の近郊。朝鮮時代から内陸水運の河川港として、また渡し場として賑わっていた纛島のまちも、生活の近代化や物流の増加など京城近郊の拠点として重要度はますます高まっていったようです。

 そんな中、大きな転機となる事象がありました。

 1925年7月、京城近郊は大雨に見舞われます。4日降り続いた豪雨により漢江沿岸の集落や施設は大き

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京城の電車ゆめ語り -京城軌道- 2

京城の電車ゆめ語り -京城軌道- 2

 ソウルの、いや京城のまちの電車ものがたりなどをつらつらと「ゆめ語り」しているのですが、初回からの続きをば…
初回記事はコチラに https://note.com/ktnh/n/n672fd69269da

 さて、ソウルが京城と呼ばれていたころの街は、今のソウルより、ずっとコンパクトでした。
 朝鮮王朝時代の首都だった「漢陽府」はヨーロッパや中国に多い城郭都市で、西大門・南大門・東大門、そして街

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京城の電車ゆめ語り -京城軌道- 1

京城の電車ゆめ語り -京城軌道- 1

 ソウルの街を縦横に駆け巡る地下鉄、郊外へひた走る電鉄。いまのソウル都市圏は世界トップレベルの電車ネットワークを誇る街。そんなソウルにも、昔、市内電車が走っていました。

 ソウル(いや当時は漢陽の時代ですね)の市内電車は、朝鮮王朝(大韓帝国)時代の1898年に王室とアメリカ資本との共同出資で設立された電気会社「韓美電気」によって企画され、翌年4月に西大門−鍾路−東大門−清凉里間で開業と、かなり早

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昔の鉄道を、歩いてきた春の日

昔の鉄道を、歩いてきた春の日

先日ちょっと機会があって訪問した笠岡のまち。昔走っていたちいさな鉄道に、逢ってきました。

海の街を感じながら、駅跡を見て、残された車両を見て、乗って、潮風を感じて…。

たのしいひとときでした。

半世紀前に消えた鉄道の、その車両の実物に触れ、乗れただけでも楽しかったのですが、すぐそこに、線路跡が、見えている…。まちあるき好きな私としては、歩かない訳にはいきません。

車両が置かれている高架道路

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昔の鉄道に、逢ってきた春の日

昔の鉄道に、逢ってきた春の日

先日、とある列車が運行終了となりました。

岡山と福山を結ぶ快速電車の運行が、2022年春のダイヤ改正で消えました。この列車はその昔、新幹線が出来る前に山陽本線を広島や九州までかっ飛ばしていた電車急行列車で、新幹線開業後は運行区間を短縮したうえで一部が快速列車として運行を継続、その後は「都市的列車サービスの提供」を目指して大増発され、車両も京阪神の新快速用ハイグレード車を用いるようになり、その車両

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1月17日

1月17日

1月17日の朝、毎年思い出す、あの日。

震源から20km程度の近距離ながら幸いにも強烈な破壊力を持った揺れには襲われず、とはいえ目が覚めるほどの異様な音(それは地鳴りであったのだろう)で目覚めたとほぼ同時に「初めて経験する」揺れ、そして様々なものが割れる音。いったい何が起こっているのか一瞬分からなかった。
揺れが収まると慌てて同居者の無事を確認し、自室に戻ると布団の傍に人形ケースが落下し割れてい

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穏やかな、新年。

穏やかな、新年。

昨年も、「今年こそはきちんと書く」と、書いたままだったかな…。
などと恥ずかしいことを思いながらの新年はじめてのnote。書かないと、ほんと、感覚が鈍りますね…。

この年末年始、皆さんも「穏やか」に過ごされたのかなと思いますが、如何でしたでしょうか。帰省ラッシュの殺伐とした映像も、通勤ラッシュ並みに人が詰め込まれた境内の様子もあまり見ることなく、お祝いムードはさほどなくとも穏やかな年越しとなった

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いなかぐらし

いなかぐらし

昔は、とてもイヤでした。

ご近所の物見高い視線とか、家庭の事情など漏れまくりの個人商店/各種サービス業の口コミネットワークを迷惑に思っていましたが、これらのことを「相互の見守り」と捉えるようになったのは、私の社会観が育ってきたのか、いや加齢のせいか(苦笑)。

いま住む町は、物心つく前からずっと暮らしてきた町。個人的な友人とかはほとんどいませんが(学生時代も就労後も交遊とかは大阪/京都がベースだ

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生きる

生きる

ここ数年、写真投稿サイト「flickr」を、よく見ます。
欧米でよく利用されているサービスで、比較的高齢者の利用も多いのか古い写真も多くアップされています。そして従軍カメラマンなどの個人所有写真もアップされたりしており、そのコレクションからは、当時の様々な様子が垣間見られるのです。

冬のソウル郊外を歩く、紳士。これは1946年に撮影されたものだそうで、都市部の撮影が多い昔の写真としては珍しく、7

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四半世紀

もう、そんなに経ったのですね。
最近は、この話題に「生まれる前のことなので…」という反応も結構頻繁に聞かれ、自分の加齢について実感する場面にもなったりしています。

いろいろと、思い起こしていました。四半世紀前のことを。

幸いにも、私の身近には「直接的な事態」になった人は、いませんでした。
そういう意味では私など「語るほどのものではない」経験しか、していないのでしょう。

それでも、この節目に気

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いろいろある、新年。

いろいろあって渋ってたけど、いよいよ、やってしまいました…

何やかんやで順調に進んだかと思いきや、落とし穴が…

メーラーが不調に。送受信不可能!これは困る…
いろいろ頑張ってみましたが、どうやらダメ。解決しなさそう…。

まあ、もう、しょうがない。旧メーラーは既受信メールは見えるので存置し、今後は新メーラーに…。いろいろあって狐火系にしてしまったけど、今後だいじょうぶかな…(苦笑)。

さて年

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今日は、何があったかな…

以前は、そんなことを特段に考えずとも「何かしらの刺激」がある場所へ、出向けていた。

今は、ほぼ半径2kmの範囲内での生活で、公共交通もほぼ使わない暮らし。

こんなにも「刺激が無い」とは、思わなかったなぁ…。

とはいえ、それはワタシが自家用車レスな暮らしをしているからで、クルマがあればちょっと空いた小一時間での散歩なんかも、気軽にできるんでしょうね。ほぼ部屋着のままでも何か羽織ればドライブくら

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