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伏見炎上

「今日も無事に朝を迎えられた。あと何日こんなすがすがしい、1日の始まりを迎えられるだろう」
 1600年9月8日(旧暦:慶長5年8月1日)ここは京都の南側にある伏見城の城内。城を任された鳥居元忠は、負けがほぼ確定している戦いのさなかにいた。
「わが兵力はあと800ほどとなりました」と元忠の前に来たのは内藤家長。彼と元忠は、徳川家康の家臣。豊臣秀吉が2年前に没してからそれまで一見平和に見えていた世の中が、もう一波乱起こる状況になった。

 この年に有名な関ヶ原の戦いが行われるが、その直前。家康が越後に出兵することになった。その後、大坂城にいた石田三成ら反家康の大名たちが武装して、家康の拠点のひとつである伏見城を包囲したのは13日ほど前のこと。敵方が4万の大軍に対して、味方は1800から2300程度しかおらず、戦う前から勝敗は決まっていた。
「そうかもう800まで減ってしまったか」「そろそろ覚悟をしなければなりませぬな」
「ああ、そうじゃのう」元忠は内心穏やかではなかった。だがそのようなそぶりを見せず、今日もいつもと変わらない。

「しかし、三成らが今朝も投降を呼びかけてきました」
「ふん、愚か者め! わしらは最初から玉砕覚悟で籠城しておる。1日でも多くここで敵を食い止め、わが殿が有利に戦えるようにせねばならぬ!」元忠の声が、ひときわ大きくなった。それに合せるように家長の声も大きくなる。
「ごもっとも! わが殿・家康様は長く苦労され、幼少の折からここまで来たお方。今回が天下を取るラストチャンスと言っても間違いないでしょう。ぜひ念願がかなってほしいと願っておりまする」

「うん家長殿の言う通り。実は今だから言うが、殿が越後に出陣される前日に殿と夜遅くまで盃を交わした」と言いながら元忠視線を遠くに遷す。
「あ、さ、さようでございましたか」
「殿はこの伏見の城に、少数の兵しか置いていけないことを大変悔やまれた。だが、わしは、ひとりでも多くの兵を連れて行く方が良いと言った。それこそが天下の無事になる。ここにいても犠牲が増えるだけだいった。それを聞いた殿は大変喜んでくださったんじゃ」

「それはまことに素晴らしいこと。殿が天下を取るために我らが犠牲になることなど、なんとも思いませぬ」「そうじゃ、いまだ不安定なこの世は殿がしっかりと押さえてくれるに違いない」
 そういうと、元忠は腕を組みしばらく目を閉じた。そして数秒後に再び目を開ける。過去参加した戦の数々を思いだす。
「しかし、いつまでともわからぬこの命。日々殿と共に戦ったことを思い出すのう。一番印象に残っておるのは、殿が最大の危機であった武田信玄との三方ヶ原のの戦いじゃ。あれに同行して相手の強さを思い知らされたもの。それから殿の命令で敵陣に潜入した際には、銃撃を受けて足を痛めた。そんなこともあったが、この日までどうにか生き残り。殿に仕えることができた」
「それならば、わたしも三河一向一揆の際には、父と決別して殿と共に戦いました。殿はその働きをお求めくださり、いまや2万石をいただきました。殿には本当にお世話になっておりまする。ゆえにこの日々こそ、殿への御恩返しになるかと」家長も過去の事を思い出していた。

「ん、わしがこの戦いで死んでも、江戸に息子の忠政がいる。鳥居の家は存続できる」「それはこちらも同じ、わが子政長が内藤家の後をついでくれましょう。若い彼らが殿を支えてくれまする」

 などと話していると突然城の外が騒がしくなった。どうやら敵方が攻撃を開始する合図の要だ。
「どうやら敵の動きがいつも以上に騒がしいですな」
「そうか。いよいよ、今日こそはこの世での別れのときが来たのかもしれない。なあに連中らを10日以上もこの場所にとどめ置くことができた。これで殿がこの戦いに勝利できる。必ずや天下を取られるに違いない」

「さようでございますな」家長が相槌を打つと、「敵が攻めてまいりました!」との声が城内に響き渡る。
「よし、いくぞ!」「は!」

こうして、元忠と家長は立ち上がり戦いの準備を始めた。

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記録ではこの日の昼ごろに伏見城が落城したという。鳥居元忠は先陣を切った鈴木重朝との一騎打ちの末に打ち果てる。同様に家長も戦死。城にいたとされる800の兵は全滅した。
 この後4万の西軍・軍勢はさらに東に進み、関ヶ原で家康の東軍と激突し敗れ去る。一説にはこの場所で13日間も時間をかけてしまったため、西軍の展開が遅れる要因となり、関ヶ原の戦い本戦に影響を及ぼしたとも言われている。


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シリーズ 日々掌編短編小説 234

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