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屋上の人影は誰…?コルカタの怪談スポット"人形の家"

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コルカタには古い建築物が立ち並んでいることは、周知のとおり。そのなかでも、今回はすこし背筋が寒くなるような…だけど、とてもドラマチックな出会いをはたした一軒を紹介します。

フーグリー川のクルーズで発見

コルカタにはフーグリー川が悠々と流れている。コルカタの人々はフーグリーではなく上流のヴァーラーナスィーと同じようにガンガー(ガンジス川)と呼ぶ。この大河を美しい鉄橋ハーウラー・ブリッジが跨ぎ、コルカタの玄関口であるハーウラー駅へと伸びている。さすが一日に何百万人が利用する駅だけあって、常時ハーウラー・ブリッジは渋滞している。そんな時は、ガンガーを横切るフェリーに乗って、川風で涼を取りながら対岸へ渡ることができる。私はデリーにも住んでいたことがあるが、フェリーを日常に使うという機会は一度もなかった。

フーグリー川を船でめぐる©筆者撮影

ある日、観光目的でフェリーに乗ってみた。ただ上流へ行って下るコースだったが、街の喧騒から離れ、川中から岸を眺めてみると、普段とは違った街にみえた。ガートで沐浴をする人。洗濯をする人。そして、ハーウラー・ブリッジ。ハーウラー・ブリッジは、まっすぐに伸びた鉄筋、細やかなリベット、普段は見ることのできない橋の裏側まで、船上から時間をかけて見ることができた。

ハーウラー・ブリッジの裏側も観察できる©筆者撮影

ハーウラー・ブリッジを過ぎて、再び静けさが戻ったときのこと。ふと対岸に目をやると、大きな屋敷が見えた。しかも、目を凝らしていると屋上に棒のようなものがみえる。よく見ると・・・人??こちらに向かって、大きく手を上げている。しかし、その腕は微動だにしない。フェリーが進むにつれ、人影もゆっくりと回転していく。その足元を見ると・・・なんと断崖絶壁に4つの人影が!

屋上に人影が…?©筆者撮影

驚いてカメラの望遠機能を使ってシャッターを切ると、それは人ではなく石像であることが分かった。しかし、違和感は残る。なぜ屋上に石像…?この不思議な屋敷は私の脳裏にしっかりと焼きついた。

望遠で撮影すると美しい彫像であることがわかる©筆者撮影

コルカタのお屋敷巡りにて

それから数ヶ月経ち、コルカタの古い屋敷に詳しい60歳代のベンガル人男性と街を回っていたときのこと。ふと地図を見ると、例の屋敷の近くにいることがわかった。

「このあたりに屋上に石像がある建物はありませんでしたか?」
「屋上に石像…?ああ、Putul Bariかね。」
「え?なんですって?」
「プトゥロ・バリ(Putul Bari)…『人形の家(Doll House)』だよ。」

なんと分りやすい名前!近くなら連れて行ってほしいとお願いすると、男性はビーリー(葉煙草)に火をつけて、コースにはなかった『人形の家』へと無言で歩き出した。

コルカタの「人形の家」とは…?

列車の線路を跨ぎ、ガンガー沿いに歩いていると忽然と石像が姿を現した。「あ、あれだ!」
私は思わず声を上げた。

コルカタの街角に今もたたずむ「人形の家」©筆者撮影

男性に促されて近づいて見てみたが、屋敷の周りにはゴミが山のように積み上げられ、おそらく近くに住んでいる子供たちがクリケットに興じていた。中に入ろうかと思ったが、すでに人が住んでいるようだし、こちらもコース外の見学であったため、足早に中を覗いて『人形の家』を後にした。

家に戻って、早速『人形の家』について背景を調べた。この屋敷は元々ナトゥ家(Natta Family)のもので、19世紀初頭に現在のバングラデシュにある村でナトゥ・ジャートラ・カンパニー(Natta Jatra Company)を創業し、演劇を上演していた。この演劇が有名となり、1970年代までは非常に人気があったそうだ。

他方、この『人形の家』がある地区ショーヴァーバーザール(Sovabazaar)は「バーザール(市場)」という名のとおり、多くの物が売買されている場所である。ジュートやスパイスなどを積んだ艀がガンガーを行き来し、この地区にある倉庫に運び込んでいた。一階に荷物を積み込み、上階にはスタッフが住むといういわば「駐在倉庫」が立ち並んでいた。インド独立後は、鉄パイプや茶箱用のブリキなどが主に取引され、この美しい倉庫『人形の家』もメリヤス工場として2004年まで利用され、一階は棉にまみれていた。一方、三階は黒と白の大理石が敷き詰められた床と美しいバルコニーが設置されており、オーナーが使用していた(写真からもバルコニーの様子がうかがい知れる)。しかし、メンテナンスが行き届いておらず、今にも崩れ落ちそうだ。

1978年に高等裁判所のオークションでマコンラール・ナトゥ(Makhanlal Natta)氏がダカのマドゥスーダン・ライ(Madhusudan Roy)氏から『人形の家』を購入し、5世代にわたって所有していたが、マコンラール氏が2015年1月に亡くなってしまった後、その所有権は誰にわたったのかは定かではない。

現在は有名なインドの怪談スポットに?

後日、友人にこの話をしたところ、その場にいた全員が絶句した。

「あなた、『人形の家』に行ったの?オーマイゴッド…」

友人いわく、この『人形の家』はコルカタでも有名な心霊スポットだというのだ。今でもコルカタの若者が肝試しに訪れるらしい。私は呑気に「コルカタでも心霊スポットなんてあるんだー」と、答えると、「コルカタは古い建物ばかりだから、あちこちにたくさんいるのよ」と、神妙な面持ち。そういわれてみれば、デリー留学時代に寮で心霊現象について語ったとき、インド北東部に住む友人たちが一番熱心に語っていた記憶がある。湿気が多く、古い建物や墓がある地域は、「心霊現象」に敏感なのかもしれない。

「心霊スポットって、なにが起きるの?」
「誰もいないのに女性の笑い声がするんだって…」
「誰も?一階に人が住んでるってば」と、思わずツッコミをいれてしまう。

こんな話を知らないまま訪れたためか、幽霊には出会わなかった。しかし、憑りつかれたといわれれば、憑りつかれたのかもしれない。私は屋上に佇む戦士と妖精にを一目見たときから、その姿が忘れられなかった。今でも、出会ったときの驚きと再会したときの喜びを思うと胸が高鳴る。

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