野菜会議（１）
午前０時。三日月が美しいある夜のことだ。
鎮まりかえったキッチンで、冷蔵庫だけが、いや、冷蔵庫の「中だけ」が賑わっていた。ご存じの方もいるかもしれない。だが、あまり公にされていないため、もし初めて聞いた人はここだけの話にとどめていただきたいのだが、冷蔵庫の所有者らが寝静まった頃、実は冷蔵庫内の住人により不定期に「会議」が開催されている。
「住人」と言っても、もちろん人ではない。冷蔵庫にある「食材・食品」のことだ。「人による」「会社による」のと同じで、その会議は「冷蔵庫による」もので、水かお酒しかない独身男性の冷蔵庫では開催されないし、住人の大半がスイーツの家では「スイーツ会議」となるだろう。この家では野菜の専有率が高いため、いつからか月１回のペースで「野菜会議」が開催されている。
「野菜会議」とはいえ、冷蔵庫内の住人の会議だから、野菜以外も当然参加する。野菜以外の食品が文句の一つでも言いそうなものだが、「まあ、会議の名前なんて別に大事じゃないし、野菜でいいよねー」という大らかな雰囲気がこの冷蔵庫にあった。無論、「賞味期限」といった類にも皆関心ない。「まあ、そろそろ食べて欲しいは欲しいけどね（笑）」と自虐的にネタにするレベルだった。
五分付き米が声を張り上げた。
「えーみなさん、静粛に願います。すでに資料を配布している通り、本日はビーツさんを迎えるにあたり、より良い野菜ライフを過ごすために、お互いを知る勉強会にしたいと思います、はいっ。司会進行は僭越ながら、この五分付き米が務めさせていただきます。ではでは早速ですが、ビーツさん、自己紹介をお願いします！！」
「ビーツさん」と思われるその人は、ひどくおどおどして、五分付きの後ろから恥ずかしそうに登場した。その困ったような態度は、胸元を大きく開き、左右非対称の真っ赤なドレスをまとっているという姿と、あまりにもミスマッチで、どちらかがきっと「偽り」だと参加者に思わせた。
「あっ。すみません、私、、、ビーツと申します。今日はお時間を作っていただいて、ありがとうございます。最近では日本でも栽培されているのですが、ご存じない方もたくさんいるんじゃないかと。えっと、、正直どういうスタンスで行くべきかわからず、悩んでました。今回、こういった機会を作っていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。すみません、なんだかうまく説明もできなくて」
ビーツさんの声はあまりにか細かったが、皆が神経を集中して聞いていたので、なんとか聞き取れた。大根夫人が発言する。子育てがひと段落した彼女は最近、ボイストレーニングに通うほど「歌うこと」が生きがいだとか。腹式呼吸による大きな声が、冷蔵庫に響き渡り、冷蔵庫の振動音と一体化したようだった。
「彼女は私のイタリアの方の遠い親戚だって聞いたわー！！！確か、サトウ大根って聞いたけど、あれ？佐藤さんってことは日本なの？ ほうれん草さんの血も入ってるって聞いたことがあるけどー！！ラララー！！！」
いまいち信憑性のないことを言うのは、いかにも大根夫人らしい。何を話すかではない、とにかく何かを話すのが、この会議での自分の役割だと、先日の「野菜親睦会」でも言ったとか言わなかったとか。
五分付きは、続けた。
「えー、じゃが兄と玉ねぎ嬢は、庫内の温度が低すぎるとのことで、本日、会議に欠席されていますが、忘れないうちに、じゃが兄の動画コメントを頂戴しておりますので、発表しますね。」
「どもども。みなさんが愛するじゃが兄ですよ。本日は参加できずにすみませんね。いやーなんだか目立ってしまってる？ でも光栄です。僕ね、ご存じのとおり、結構、いろんな野菜さんとご一緒してるんですよね。別に自慢じゃないですけどね、人参さん、玉ねぎ嬢とかは割と定番で、カレーとかシチューとかね、万人に愛されるってやつですか？ 自分で言うなって？笑 でもみんな僕をほっといてくれないから、そういう運命なんですね。でね、ビーツさんは今までご一緒した方の中で、特に印象的です。ボルシチって聞いたことありますか？真っ赤なスープです。私も初めての時は『俺ばかり目立っちゃったらごめんね』なんて言ってたんですけどね、ビーツさんがおずおずと入ってきた瞬間、私も玉ねぎ嬢も見事に真っ赤に染まって、なんというか異世界にワープしたみたいな？ 3P、あっいや、３人でね、芸術作品を作ったような、恍惚感が訪れたのですよね。不思議な体験でした。まあ、多分、どんな野菜よりも僕が一番体の相性がいいとは思うのだけど、ビーツさんも世界を広げたいだろうからね、僕も大人な男だしね。というわけで、彼女すごく素敵だし、いい子なんで、仲良くしてあげてください」
ビデオレターはあまりにアップすぎて、じゃが兄の芽しか見えなかった。
「すげ、流石じゃが兄」「えっろ、じゃが兄、エロすぎ」「3Pって言わなかった？」「前から思ってたけど、会議であんなこと言っていいの？」。
庫内がざわついた。ビーツはより一層、赤く染まり、隣にいた五分付き米もそのせいで、体の半分は赤飯のように染まってしまった。
腕と足を組んで、後ろの方で様子を見ていたトマト姉さんは、ヘタの部分に手を入れてかきあがげるようにして、ビーツに向かって優しく微笑んだ。
「ビーツさん、初めまして。とても素敵な色ね。高貴な紫色が艶やかだわ。あなたの素敵な色を生かしてくれる食べ物はたくさんいるはず。きっと、白っぽい人だと喜んで染まってくれると思うから、そこから考えたらいいと思うわ。私はこう見えて、意外と薄いし、ご迷惑になっちゃうかもしれないわね。ごめんなさいね、今日はうちのちびちゃん達が眠そうにしてるから、途中で失礼させていただくわ。ではまた、ご機嫌よう」
ミニトマト達を連れて、そっと立ち去ると、その一角だけ馥郁たる残香と共にトマト姉さんの微笑みだけが残った。見事である。トマト姉さんはいつもこうだ。本当は暗に「あなたとはキャラが被っているから、一緒には料理されたくない」というメッセージを込めたようも感じられるが、京都人が本音をオブラートで包むように、品よく曖昧にするのはもはや天性と言っていい。因みにミニトマトちゃん達のお父さんは一体誰なのか、今でも庫内の野菜達は誰も知らない。
秀才の茄子王子がメガネを少し触って、スッと立ち上がった。
「トマト姉さんの考察は確かに、的を得ていますね。色という観点では、僕の紫色と混じってしまうと、ビーツさんのせっかくの色が生かされませんし。白いもの、そうだな、エノキ君、大根夫人なんかはいいコラボレーションができそうですよね」
人のいいエノキ君と大根夫人は激しく頷いた。
それを見ていた、ガタイのいいキャベツ男も、
「俺もピンク色に染まりてー！！！たまらねー！！ビーツさん、よろしくー！！！」
と叫んだのだから、少し緊張感があった庫内が、一気に和んだ。さすがの体育会系の野菜である。ビーツさんの顔がようやく綻んだ。
別に野菜に限定することなくない？
冷蔵室の上の方から、聞こえた声は、そう、我らがパフューム、納豆娘３人組だ。
To be continued.
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