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『木に棲む人』


バカと煙は高いところにのぼる


そんな慣用句があるけれども


もういつの頃か忘れた

だいぶ私も若かったと思う


この木を見つけて


小屋を作った


最低限の生活必需品を持って

棲みついた


見渡す限りの地平線が

美しかった


朝日とともに目覚め

夕日と共に眠る


ときに野生動物の襲来や

不審者の攻撃もあったが

なんとかそれらを凌ぎ


気が付いてみれば

だいぶ長い月日が過ぎた


まわりを見渡せば


自分の棲む木の

何倍も何十倍もの高さの

建造物に囲まれている


皆に覗かれているような

そんな気もするけど

きっと気のせいだと思う


私がこの木に

初めてのぼった頃には

誰ひとりいなかったのに

まるで今では私が異邦人


私だけが野蛮で

時代に取り残されたもの

そうに違いない


周辺環境を守らんとする団体が

この場所を立ち退くように

圧力をかけてきている


木から降りることはわけはない

足腰はまだまだじょうぶだ


しかし降りたところで

私にどんな役割が

与えられるというんだ


仕事なんてそうかんたんに

転がっているのでないことは

文明から離れた世捨て人の私でさえ

よくわかっている


いよいよ

明日喰うものにも

困るようになってきた


いくら病気がなく

丈夫なからだとはいえ

ものを喰わなきゃ

やってられない


ここらへんが潮時か


ロープを小屋と反対側の

太い枝にくくって




準備をしていたら

命を粗末にするなと

木の下が騒がしい


どうしろというのだ

途方に暮れた私は

首にくくりつけたロープを外し

小屋に戻った


無用な心配事をする人々が

居なくなった頃を見計らって


私は小屋を力一杯ゆすり

そのまま落下s















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