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ショート・ショート

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あたたかな水面に浮かび ショート・ショート2

 マサはこの夏、母から遠縁に預けると言われてやってきた。里子の約束が、児童相談所を介して結ばれていたのだった。棄てられた悲しみや恨みの原形が、ほんのひととき湧き上がったものの、そんなものを新世界にまで持って行けやしない。回る世間に目を回さないようにするのが手いっぱいだ。おまけに手荒らな歓迎も待っていたからおおわらわである。歓迎委員会は魚屋の息子で小学三年のスジ公と小学一年のトミである。マサは幼稚園

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あたたかな水面に浮かび

   河床の砂と夏空を混ぜて水に溶かせば、抹茶の薄茶を点てた色になる。その上にぽっかり浮かぶマサは、汽水の水が穴という穴から浸入するのだが、潮気がひりひりするだけでいっこう意に介する様子はない。そういうことより目の上に立ち上がる入道の、筋肉を爆発させるムーブメントや、西へ行ってしまった太陽が、後ろ足で砂を掻くように刷き散らす光芒から、かたときも目を離なすことができないのである。だから自分が溺れてい

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妙子ショート・ショート

 キャンパスの裏門から、寂れた方へしばらく行くと、車止めの路地があり、百メートルほどゆるやかに上って雑踏に出る。この道はかつての石畳が健在で、きっと馬車道だったろう。木造の民家が並び店もある。妙子の握り飯屋はそこにある、名を桃苑という。

 暖簾をくぐり、がらりを開けると、四人掛けテーブル二卓に小上がりが付いた小さな店だ。喰わせるものは握り飯だ。黒々と海苔で包んだ大きな結び二個、ふっくら炙った鯖に

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妙子ショート・ショート

妙子ショート・ショート

「だから二十二対零で完敗するところだったじゃないか。あーあと思ったよ。そしたら突然ラックの中から出た球を、背番号十の大男が、ああこいつをスタンドオフっていうんだってな」
「それはいいから、妙子はどうしたんだ」
「それを言わなきゃ話がつながらん。スタンドオフってオールジャパンでは田村なんだってな」
「だから……」

「そんでな、スタンドオフが左翼に球を飛ばしたのよ。ロックっての?四番の背番号つけたや

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満月苑で会いましょう

満月苑で会いましょう

  日本の色は青でしょう、あるいは紺とか? 
「青は藍より出でて藍より青し」とか
「紺屋の白袴」とか
「水色は瓶に覗く青空の色」とかいろいろあるじゃないですか。古来からの藍染めが意識に蘇ったのではと思ったりします。ほんとうに洗練された世の中になったと思ったりもします。

  関係はありませんが、一九八 ○ 年あたりからの、日本の色は金でした。貧乏なわたしすら浮かれ騒いでいた気がする。デリケートな陶

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