見出し画像

私は彼氏を“知らない人”にしたい。

身体の輪郭に触れて、なぞるように確認するのが好きだった。長過ぎる大学生の夏休みは、毎日バイトして時々レポートを書いて君の家に入り浸ってたらあっという間に終わってしまうのは分かってた。夏休みが終わったら、彼氏が短期留学から帰ってくる。だから君のアパートに当たり前に帰って来れるのも、一緒に狭いお風呂に入って髪を乾かしてもらうのも、真夜中の公園の散歩も、夏が終わるまで。

君の身体の全部が好きだった。顔はタイプだし、パーマがかかった髪、弱小バレー部で鍛えたんだって笑って話してた厚い胸板。全部ぜんぶ好きで、疲れた日や嫌なことがあった日はその大きな身体に抱きしめてほしくて、温度や感触、匂いを一生覚えていたいと思った。何度か「彼氏と別れるから付き合って」と言いかけたこともあるけれど、洗面所に君のでも私のでもない歯ブラシ、私なら絶対に使わない安物のクレンジングが置いてあるのを見て口を噤んだ。なんだ。君もただの若者か。だから私も期間限定の恋をそれなりに楽しむことにした。ただ楽しみたかっただけ、でも、冷房は効いているのに身体中が火照る神秘的な真夜中、君の頬から顎を伝って肩、なめらかな脇腹へと指を滑らせていたのは、潜在的に君の形を未来永劫覚えていたかったからかもしれない。

彼氏からエジプトの写真が送られてきた。同級生たちとクーフィーヤを付けて楽しそう、日差しが眩しそうに、しかしよそ行きの笑顔で写真に写っている。色白だった肌は日焼けしていて、痩せ型だったけどさらに少し痩せたように見える。無精髭も。その写真を見た最初の感想は、「知らない人みたい」だった。私の知らない友人たちに囲まれて、私には見せたことのない表情で写る彼を。小さく四角く切り取られた異国の風景の中に私の知らない彼の要素を一つ、また一つと一生懸命探して、ああそうか、私この人を知らない人だと思いたいのかと妙に腹落ちした。

特別な関係じゃないから終わりもないしさよならも必要ない。彼氏ももう要らないけれど、私に本気じゃない君も要らない。平凡な大学生が、長すぎる夏休みを無駄に過ごし、ちょっと悪いこともして、あっという間に夏も恋も終わる。本当に、ありきたりな私だけの夏休みだった。


いただいたサポートは創作活動のために使わせていただきます。