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瞬間湯沸かし器のムスメ

過去に何回かnoteの記事にしたように、うちの父はおっさんの妖精のような不思議で穏やかな人柄だった。人がそばにいるといつも口角は少し上を向いていており、家族で買い物に行ったときなども、気付けばふらりと近くの人に話しかけたりしていた。生前は新宿ゴールデン街の飲み屋でたくさん友人を作っていたらしく、お葬式にはその友人らがたくさん来てくれた。

しかしそんな父は、意外にも「怒りやすい性格」だった。ワハハと笑っていたかと思えば、次の瞬間には顔をしかめ、怒りの言葉を口にする。え?こんなことで怒るの?…なんて小さなことにもカッと怒って見せるのだった。でも、怒るのは本当にその一瞬だけ。またその次の瞬間には、他愛もないことを口にしたり、いつもどおりの”おっさんの妖精”に戻るのであった。(おそらく本人も、怒ってしまった…という多少の後ろめたさはあったみたい。そこは可愛げがある)
このように父は瞬間的に怒りの沸点が到達するので、母はいつも「お父さんは”瞬間湯沸かし器”だから」と笑いながら言ったものだ。


そんな父の末娘であるわたしはというと、これまた怒りっぽい性格だった。思ったことのほとんどが口をついて出るため、当然、怒りの感情もすべて口に出てしまう。そもそもどんな場面で怒るかというと、やはりバンド活動の中での出来事が多い。なお、メンバーはわたしと口論し合うような感情的な性格ではないため、わたしに怒りをぶつけられて大ゲンカしたなんてことはないのだけど。

ところが、ここ最近2度に渡って自分が瞬間的に怒る場面があった。まず、今月の頭にわたしのバンド主催の企画ライブ(2マンライブ)を実施したのだけど、その内容が、ステージとフロアに分かれて各バンドが10分ずつ交互に演奏する、というものだった。

ぶっつけ本番でやれるような内容ではないため、当日までにこのライブの練習(ゲネリハ)を2回行った。相手は付き合いの長い気心の知れたバンドで、だからこそ尊敬もしている大好きなバンドだった。その相手バンドと一緒に一つのスタジオに入り、バンドセットも2セットずつ用意して、本番さながらに練習したのである。まず準備に1時間、通しの練習で2時間、微調整・片づけで2時間…。計5時間スタジオに入り浸る、気合の入ったゲネリハだった。このゲネリハでわたしは、2回も自身のバンドメンバーに怒りを露わにしたのである。


まず1回目は、最初のゲネリハでのこと。やはり上手く繋がらないところがあったりと、調整をしていたときのことだ。わたしのバンドはPCからシンセサイザーなどの音源を流す役割のメンバーがおり、この調整中は、彼の力量が非常に重要だった。しかし、どうにも上手くいかない。単純に彼の準備不足もあったが、そのときは、それを何とかしようという深刻さが足りないように見えた。なぜなら、そこには相手が気心の知れたバンドだという多少の甘えもあったし、相手バンドがそれを良いよ良いよと許してくれそうな気配があったからである。だけどそれがわたしは恥ずかしくて、相手が真剣にやっているのに、その態度はなんだ!と思い、「どうにかならないの?」と尋ねたのだけど、「これはそういうもんだから」というような適当で諦めたような返しをされ、思わず「それを何とかするのがお前の仕事だろうが、ちゃんとやれ!」という風に怒号を飛ばしてしまった。

瞬間、『ヤバい!やってしまった!』と体中がヒヤリとした。ただ、相手バンドが非常に大人で、それをみんなが笑って場を和ませてくれたから、何とかなった…ような気がする。ただ、みんなに気を遣わせてしまい本当に本当に申し訳なかった。

あのときは、まさか自分が怒るとは思っていなかったので、あんな風に言葉がせり上がってきたことが非常に恥ずかしく、後悔し、反省した。この出来事があって、次のゲネリハでは絶対に怒らないようにしようと思った。穏やかに楽しく、でも真剣にやるぞと。


そして来る2度目のゲネリハ。怒らないように、怒らないように…そう思っていたが、最後に爆発した。これも、全体で通した練習が終わり、細かい調整を行っていたときのこと。前回わたしが怒号を飛ばしたメンバーの態度が急に冷たく、投げやりなものになった。相手の話をハイハイと受け流すように聞いていて、全体的に空気もやりづらいものになった。そんな中、Aプランでいくか、Bプランで行くか…という話し合いをしていて、うちのバンド内で意見が分かれてしまった。そしてAプランを選んだうちのメンバーが”なぜこっちのプランが良いのか”という理由を説明しようとしているときに、それを聞こうとせず「Aプランが良いそうなんで、そうしてください」と彼は投げやりに相手バンドに伝えた。

このときわたしは、『あ、そういう言い方すると、(Aプランを選んだ)あいつが怒るぞ』とメンバーのことを心配したのだが、もうそう考えた瞬間にはわたしの怒りが沸点に達していて「なんだ、その言い方は」と口に出てしまっていたのだ。しかも怖いのが、そう口に出てしまったのがもう本能的で、頭の中では”怒っちゃいけない”とか”相手のことが心配だ”って思っていたってこと。でも、結果的にその怒りは言葉になって出ているんだけど、あとから聞いたら”言ってることに感情が追い付いていない”、まるでロボットみたいな、本当に怒っている人の言い方そのものだったらしい。

その現場でもやはり相手のバンドが大人で、前回と同じように笑ってくれて、事なきを得た…ような気がする。そしてまあ、わたしが怒ったことで相手もピリッとしてくれて、ちゃんと最後まで集中した練習ができたし、この企画ライブも大盛況のうちに終わった。(メデタシ、メデタシ!)しかし今回のことで、わたしも父と同じ「瞬間湯沸かし器」の血を引いているんだなあと思ったし、感情と体が別々になってしまう、”究極の怒りの状態”を経験し、非常に驚いたのであった。


来る明日は父の日とのことで、今更ながら『わたしはやっぱりお父さんのムスメだな…』と思った出来事を書いてみた。父は、そんなところ似なくていい!と、きっと苦笑いだろう。でも大丈夫、その分、笑顔も多い人生ですから!…とはいえ、どうしても怒ってしまうときもあるだろうから、願わくば、わたしも父のように怒っちゃったことを引きずらず、むしろケロっとするような、そんなお茶目な怒りん坊を目指したい。

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