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11/23、消えた1枚の牛肉

2023/11/23――勤労感謝の日、祝日。
その日わたしは朝からイライラしていた。

11/23を迎えるまでの平日3日間、仕事が非常に忙しく、疲労が蓄積されていたのもイライラの要因の一つ。加えて、ここ最近心の中を占めていたある悩ましい事柄が、土壇場でどんでん返しを起こしたことで、非常にやりきれない気持ちになってしまい、身体も心も疲れ果てていたのだ。
だから、この数日は大好きな読書をすることもままならず、それでも本を読みたいからと、2~3冊の絵本を引っ張り出してぼうっと眺めたり、Nintendo Switchの「世界のアソビ大全51」というソフトに入っている、花札や大富豪といったカードゲームを無心でプレイするというような日々を送っていた。

そんなわたしの心理状態を反映するかのように、11/23は少しだけついていなかった。昼食時、美味しい定食を提供するとある飲食店に行くも、わたしのオーダーしたものだけ、いつまで経っても料理が運ばれてこなかった。わたしは友人と食事に来ていたのだけど、料理が運ばれてきたのは友人が食事を終えたあと。なんだかガッカリとして、気分が落ち込んだ。
それから、なんとか気分を切り替えようと、お茶を飲んだり本屋をのぞいたりしたけれど、やはりどこか心が晴れなかった。

家に帰ったあと、少し昼寝をした。起きた時にはもう日が暮れていて、頭が重かった。いい時間だったので、それから夕食の準備に取り掛かる。
その日の夕食は、「焼肉丼」にしようと決めていた。冷蔵庫から漬けダレに漬けていた牛肉を出し、フライパンに並べ、焼きはじめる。
この牛肉はふるさと納税の返礼品としてもらったもので、一部食べきれなかった肉を小分けにし冷凍していたのだ。肉と一緒に送られてきたオリジナルのタレが非常に美味しく、このタレを使った焼肉丼を作るのも、これで2回目だった。

フライパンの上に、重なり合わないように配置した牛肉たちがジュージューと音を立て始める。肉は全部で5枚。4箇所の部位からなる肉で、脂の多い肉が3枚・赤身が2枚となっている。(イラストにすると下記のような感じだ)

肉に火を通している間に、前日に炊いた冷やご飯をレンジで温めたり、コップにお茶を注いだり、お箸を出したり…つまり、同時進行で他の作業を進めていたのだけど、ふとフライパンに目を戻した時、わたしは違和感を覚えた。

肉が「1枚」足りないのだ。

赤身の肉が1枚、なくなっている。肉は最初5枚あったよな?うん、間違いなくあった。それが今、どう数えても4枚しかないのだ。

わたしはいったんフライパンの火を消し、その消えた肉がどこかにないか探しまくった。コンロの後ろや下、グリルの中、三角コーナー、ゴミ箱、キッチン周りの床、ラックの下、シンクの下や食器周り、あらゆる隙間やスペースを探しまくった。けれど、肉はどこにもなかった。
激しく混乱した。こんな一瞬のうちに、モノが無くなるという経験をしたのは初めてだった。だから、肉が無くなる前に変わったことがなかったか、もう一度状況を思い返した。

レンジから温まったご飯を出したり、コップにお茶を注いだりと、別の作業をしている時、わたしは一瞬「音」を聞いた気がする。そう、「キィーン」という小さな音を聞いたのだ。音の種類でいうと金属系というよりは、木の扉が開くとか、そういう耳障りの良いタイプの音だったと思う。ただ、気にも留めないほどの小さく短い音だったから、何の音かしら?とわずかに疑問を覚えただけで、その音のことはすぐに忘れてしまった。で、そのあと間もなく「肉の消失」に気づいたのだ。
この音と、肉の消失との因果関係は分からないけれど、とにかく何か変化があったとすれば、この音が聞こえたことが挙げられるだろう。

わたしの頭がおかしくなっていたのかも、という線も当然検討した。けれど、わたしは今回焼く肉が5枚であるという事実に際して「赤身だけが2枚あるんだな」とか「肉の種類の違いが分かるような配置で焼こう(つまり、赤身2枚は隣同士にしよう)」とか、”肉が5枚である”ということを常に意識しながら肉を扱っていたという自信があった。だから勘違いなど到底ありえない。

こうした状況を経ても、結局失われた肉は姿を現さないし、フライパンの上の肉はやはり4枚だけなので、仕方なくもう一度肉を温め直し、それを韓国のりを敷いたご飯の上に乗せて、焼肉丼を完成させた。焼肉丼は言わずもがな美味しかった。肉が5枚から4枚に減ってしまったことは、少し残念だったけれど。

食事のあと、用事があって母とLINEで連絡を取った。その中で、母が4枚の空の写真を送ってきた。それから「お父さんの誕生日の空」とのメッセージが。
「あっ」と、気づく。
勤労感謝の日、そうだ、今日は亡き父の誕生日だ。
それから「もしかして…」と、考える。
無くなったあの1枚の肉……
あれ、もしかすると、お父さんがつまみ食いしたのではないか?と。

母に消えた肉のことを話すと、「お父さん、出たな~~」と大笑い。
そして、わたしは思った。
お父さん、つまみ食いするの”赤身”で良かったのか?サシの多いカルビだってあったのに、わざわざ”赤身”を選んでくれたのかい…?
そんな不思議な肉消失事件のあった、父の誕生日・勤労感謝の日であった。

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