見出し画像

なぜオジチャンは「(性)癖」を告白したのか。

このあいだ電車に乗っていたら、大きな荷物を4つ持ったおじさんが同じ車両に乗ってきた。何か衣装でも入っていそうなほど、中身がパンパンの荷物。それを見て、以前バイトをしていた会社での「暴露オジチャン」との出来事を思い出した。


それはわたしが短大を卒業して2年目を迎える21歳のときのこと…はじめての転職先での出来事だった。その会社の人たちはとても人が良く、異常なほどに寝坊・遅刻を繰り返してしまうわたしにも、温かく接してくれた。(あの頃は、本当にゴミのような人間だったと思うし、そんなわたしに目覚まし時計を買い与えてくれた徳の高い人々だった)

社内には個性的な人がたくさん居た。同い年の飲んべえ人事ガールや、自称くまもんの毛むくじゃら上司、肝っ玉の小ささに定評があるネズミ男や、話し方が独特のロボット課長など…。とにかく、みんな良い人だった。その中で、60歳近くに見えるオジチャンが居た。見た目だけならおじいちゃんにも見える出で立ちで、彼は社内ではいわゆる『あんまり仕事ができない人』だった。そして口数も少なく、社内でも懇意にしている人がいなかったように思う。だからといって周りが煙たがっているわけではないけれど、目立つような存在ではなかった。

彼はお昼ごはんのあと、必ず「源治パイ」を食べた。8枚入りくらいのものを買ってくるんだけど、食べきれなかった分はいつも休憩室に置いていく。そしてその余った源治パイを、わたしは毎日食べていた。ある日、わたしが食べているところを見て嬉しそうにしていたものだから、いつもいただいてます!と元気よくお礼を言った、彼とはそれくらいの関係。


あるとき、そんなオジチャンの仕事を、先輩と一緒に手伝うことになった。難しくもないけど、根気のいるデータ整理作業だったと思う。わたしは普段からあまり仕事量がなかったので、快諾して毎日データを整理した。先輩と協力してその仕事を終わらせると、オジチャンは大変喜んで「ぜひランチをご馳走させてくれ!」と言った。そして、衝撃的なランチへと3人は出かけたのである。

お店に入るまでの道すがら、オジチャンは興奮したようによく喋った。いつもより明るく、とっても嬉しそうだ。メニューもあっという間に決めてしまって、わたしと先輩は迷いながらハンバーグを頼んだんだっけ。いざ食事が来てからも、なんだかオジチャンはうきうきそわそわ。そして食事が中盤に差し掛かった頃。彼は急に携帯の画像をわたしたちに見せたのだ。

そこには、こちらを振り向いた状態のややケバい女性が写っていた。金髪の巻き髪にフリルのある衣装で、少しセクシーな感じ。オジチャンはニヤニヤしながら、わたしたちを見ている。「これ、誰だと思う?」オジチャンは嬉しそうに尋ねる。たぶんわたしは「奥さんですか?」とか「娘さんですか?」と答えたんじゃないかな。だけど、オジチャンは違う、という。まだニヤニヤしている。…わたしは分かってしまった。「もしかして、●●さん(オジチャンの名前)ですか?」オジチャンは満面の笑みで頷いた。

先輩の顔色は蝋のようになって、完全に固まっている。わたしまで引いてしまうとこの場が持たないと思い、へぇ~!すごいですねぇ!と調子を合わせる。すると、どんな風にこの女装写真を撮るのか、と、こと細かに説明がはじまった。どうやらホテルにカメラ機材や衣装一式を持っていき、メイクもヘアセットも全て自分でやるのだとか。そして、昔はそういう恰好でパブに通って歌を歌ったり…。そんなことを語りつつ、またいくつかのオジチャンの女装写真を見せられる。先輩の食事をする手が完全に止まっている。そんな風に「オジチャンの暴露話」を受けるランチをいただいた我々は、そのあとはいつも通り午後の仕事に戻っていった。

(これは記憶が定かでないけれど、その数日後、先輩がオジチャンから例の女装写真を送りつけられて困っている、といった話を聞いた気がする。先輩は本当に参っちゃったみたいで、気の毒だった)


その年の年末、その会社は赤字経営となり早期退職者を募集する通知がなされた。その頃、わたしは家族のことなど諸々大変なこともあり、いい機会だと会社を辞めて次の年から派遣社員として働きはじめた。わたしと同じタイミングであのオジチャンも辞めたらしい。家業を継ぐとか、そんな話で。


あのオジチャン、今どうしているだろうか。そして、なぜあのときわたしたちに自分の「(性)癖」を告白したんだろうか。それがとても知りたい。すごくカジュアルな気持ちで話したのか、はたまた非常に性的な気持ちで、自分が興奮を得たいがために告白したのか。あのときは、わたしも場を取り持つことに必死で、自分の気持ちを表せなかったけれど、わたしも相当ビックリしたしショックだった。オジチャンに、いきなり下半身を見せられたのと、同じくらいの衝撃だった。

女装をすることが悪いとか嫌だとかって話ではなく、こういう話題は言うタイミングや目的、そして相手との関係性が本当に重要だなあと今は考えられる。あのときオジチャンが、自分の興奮のためにあの場を使ったのだとしたら、オイオイ!と思うし、それを出発点としてもっと大きな話をしたかったのだとしたら、時間が足りなかったのかなと思う。でもあの満面の笑みを思い出すと、彼は「褒めてほしい!キレイと言われたい!」という気持ちだったのかもしれない。どちらにせよ、わたしたちにはあまり気持ち良くない衝撃だけが残ってしまい…。仕方がないから、わたしは当時はその気持ちを『大人』という曲にして、ライブで歌いながら心の均衡を保っていたのでした。

#エッセイ #性 #性癖 #癖 #おじさん #男性 #告白 #ショック #女装 #ランチ #会社 #職場 #転職 #タイミング #思い出 #人間関係 #大人 #暴露 #心 #人  #仕事

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?