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机の上の鳩

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小説・随想などなど、書きためてきたものたち。何とも呼び難いものが多いため小品と呼んでいたりもします。
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はとの総合書籍案内

湊乃はとの書籍まとめでございます。 (更新:2024/01/30) 販売中100年くらい前のどこかの誰かの話が主です。 書籍には旧字体フォントを使用。 明治後期〜昭和初期あたりの東京や、その頃の風俗がお好きな方におすすめ。 あまり再販はしませんので、ぜひ在庫のあるうちに。 書籍あり〼 主演(2023) 己を人生の主演ではないと信じる男が、不満のない生活から見る主演の世界。 凌雲閣を見ながら、男はその友人のことを考える。 変化していく生活の中で、兄のことを考える。 人生

【書籍案内】盗蜜

書籍詳細 印刷が間に合えば出ます。 文学フリマ東京38新刊。 初刷 2024/5/19 / 文庫判(A6) / 本文128ページ / ¥800 あらすじ まずは気取ったあらすじがこちら。 旧字体が読みにくいと思われるため、新字体でも以下書き起こします。 傍から掠め取る蜜は甘い。 銀座のカフェーで生きる女給の物語。 ある男との心中から生還した廣谷松は、神田榮と名を変えて、カフェーの女給となった。 いつしか榮は、その接客を受けるだけで客が繁栄する〝幸運の女〟として人気

こども流鏑馬

 建物の裏手から、鬱蒼とした割に管理されたような森に抜けた。獣道よりも、より平された細道をたどり、ようやく澄んだ空が見えるところまで出る。眺め回してみるとどうもそこは神社の裏手らしく、本殿の裏に社務所のような建物と、こちらの道から入ってきても構わぬように手水社が見える。とりあえず本殿の方へ足を向ければ、地面が湿ったような土から砂地に変わった。  杜を除けば広大というわけでも狭隘というわけでもない、ちょうど良い敷地は裏手にいるにも関わらず人の気配を感じさせる。大抵神社という場所

ひらめ

 男が目を覚ましたのは冷水を浴びせられたからであり、冷水を浴びせたのは男の妻であった。年の瀬も近い明け方の、火でも焚かねば耐えられぬような寒さの頃である。男が驚いて見上げると、妻は床の間に置いてあった花瓶を手に持って、寝乱れた髪を整えもせず、肩で息するような様相である。点けたままであった枕元の洋燈に足元から照らされて、ぽたぽたと垂れる雫が静かに光っている。  何しやがる、と怒鳴りたいけれどもしかし男は言えぬ風情で、急激に動き出した心臓の動悸を収めるのでやっとであった。男の口が

生活の記憶

 仮住まいの長屋を出ると、隣の玄関先にはごちゃごちゃと物が積まれていた。何が何やら分からないが通路を塞ぐそれらは、よく見てみるとカンヷスや額箱やそういったものらしい。どれかひとつ引き抜いてみようかと悪戯心も湧くものだったが、あまりに美事に山となって積み上がっているものだから、その均衡を崩してしまうと私も一緒に潰されてしまいそうな気がして止めておいた。山を横目にそれを避けて、どうにか路地の方へと向かう。ちらりと見える箱の表面には知らぬ名のサインが、歪んだカンヷスの表面には描

望郷

 奇妙な明るさで目が覚めた。部屋の片隅が朝日にしては妙に仄白く、その端が布団に眠る私の顔を丁度輝かしている。それに気のついてしまうと、瞼を閉じても開いても光が眼球を刺激し、その存在を主張する。それに対抗すべく、私も布団を引っ被って寝返りを打ってみるのに、その光は執拗に私の脳をすら揺さぶった。  奇妙な明るさの朝は、奇妙に音をもよく通す。居間の方にいるのであろう奥さんの声が、分厚い布団の中の私にまで微かに聞こえてくる。とぎれとぎれの奥さんの明朗な声。他の声は聞こえはしないが、何

【小説】くちなし(3/3)

2022年11月発行の「くちなし」。 書籍は完売、再販の予定もないため、公開します。 ──妄想と現実に境を付けるな! 雑誌広告の女に恋をする仮想恋愛小説。 恋の夢想とその生活は時代を問わない。 大正末期に新時代が香る、独り善がり恋愛小説。 ここは下段。上段と中段はこちら。 下  改めて生活をしていると、女は至る所で俺の生活を侵食している。  寝起きに寝惚けている時に、 「あなたはいつ起きたって良いんだから気侭なものね」  絵を書いている間、 「もうヴィリジャンの予備が

有料
200

【小説】くちなし(2/3)

2022年11月発行の「くちなし」。 書籍は完売、再販の予定もないため、公開します。 ──妄想と現実に境を付けるな! 雑誌広告の女に恋をする仮想恋愛小説。 恋の夢想とその生活は時代を問わない。 大正末期に新時代が香る、独り善がり恋愛小説。 ここは中段。上段と下段はこちら。 中  間借りしている部屋は木造長屋の二階の一室で、先の大地震で焼けたところを作り直したというものなのだから、木材の匂いのする新しい建物だ。しかしこの東京で、現在街を見回してみると、それは特段変わり映

有料
200

【小説】くちなし(1/3)

2022年11月発行の「くちなし」。 書籍は完売、再販の予定もないため、公開します。 ──妄想と現実に境を付けるな! 雑誌広告の女に恋をする仮想恋愛小説。 恋の夢想とその生活は時代を問わない。 大正末期に新時代が香る、独り善がり恋愛小説。 ここは上段。続きはこちら。 上  紙の上に存する女に恋をした。濡羽の髪をおかっぱにして脛を見せる洋装はいはぬ色、椅子に腰掛ける様は毅然として、ツンと上向いた顔の燃ゆる頬に、肌は上等の正絹の白さ、薔薇色の唇が麗しい。写真であるから、そ

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200

【書籍案内】主演

書籍詳細 文学フリマ東京37新刊。 初刷 2023/11/21 / 文庫判(A6) / 本文88ページ / ¥800 あらすじ まずは気取ったあらすじがこちら。 旧字体が読みにくいと思われるため、新字体でも以下書き起こします。 己を人生の主演ではないと信じる男が、不満のない生活から見る主演の世界。 凌雲閣を見ながら、男はその友人のことを考える。 変化していく生活の中で、兄のことを考える。 人生の転機を目の前にして、娘のことを考える。 男の周りにはいつでも、その人生

花の匂い

 台風で増水した大川をぼんやりと眺めながら、このまま死んでしまえば、棺に竜胆が入らないので、やっぱりやめようと思った。  日々特に意識して過ごしているわけでもないが、私は花の中で竜胆が一等好きだ。慎ましやかな深い青紫色。それは人間の肌の色、とりわけ私の、日に焼けた黄色い肌よりもいっそうに美しい。青紫のちいさな花の連なりが、硬くしっかりとした枝に揺れる様が不均衡で、地に足をつけて仁王立ちをしているのか、それとも、微風にすら揺れてしまう儚き立ち姿なのか、私には判別しかねている。

料理

 の・ようなもの、を作る常習犯であるので、ことあるごとに、の・ようなものを作っている。まず初めにこれは、の・ようなものであると自覚したのは、カルボナーラであって、人様に作れと言われただかなんだか、忘れたがそもそも作らないものを適当に作ったところが始まりであった。  カルボナーラ。きっと食事をしたことがある、現代日本に住んでいる人間であればどこかで出会ったことがあるだろう。白いパスタだ(そもこの時点で認識がこの程度である)。それまでそれが私に馴染みがなかったのは、外食をする時

龍の女

 さながら魚のように泳ぐ女がいて、それは龍の生まれ変わりだともっぱらの噂である。その女はひとたび水へ入れば、どの海女よりも長く潜り、海豚と同じかそれ以上の速さで自在に泳ぎ回る。幼き頃は泳ぎの名手だと持て囃されたが、女が美しく成長するにつれ、次第に村人はそれを気味悪がるようになった。それは女の両親も同じであったのか、血を分けたはずの人間でさえ、龍の女とは距離を置いている。唯一その女と必ず同じく行動しているのは双子の片割れであり(出生順を誰も知らない)、片時も離れることなく双子は

次ぎをもっとうまくやるための手引き(無職雑感)

大学院を落ちたのは、どことなくそうなることがわかっていた。 それでも踏ん切りをつけるために、合否もわかる前から引越してしまい、先が見えてしまってから、さてこれからどうしようと漸く考え始めた。 級友たちが真面目に就職活動をしている傍で私は何もしていなかったのだから、そのようなノウハウは何一つなく、とりあえず派遣登録をしてしばらく日銭を稼いだ。 その日々で様々な思うこともあったが、ここには書かないでおく。 半年ほどのらりくらりとして親の脛をひたすらに齧り、就職が決まった時にはそ