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恋愛小説

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商業誌未発表の恋愛小説を公開します。
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記事一覧

「冬鶴奇譚」

「冬鶴奇譚」

 *

ああ、なんか死んでもいいかな、とぼんやり思った。

さんざん安酒を飲まされて頭が痛い。
薄暗く寒い部屋の中でぼんやりと光るスマホには2:00と表示されている。帰宅してから約30分、水は飲みたいし熱い湯を浴びたいし何よりも眠い、それなのに、ソファから一歩も立ち上がることができない。
見たいわけでもないのにぼうっと眺めているSNSを閉じて、立ち上がって、部屋の電気を付けてから浴室へ行く。たった

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憑く香り

憑く香り

  *

 たたた、たたたん。

 もう何百回目になるだろう、鳴り続ける着信音を聞きながら、俺は苛々と頭を掻きむしった。

――何で出ないんだよ、クソッ!

 舌打ちして電話を切り、床へ投げつけたい衝動を必死に抑える。

 同じテーブルに着いたパートのおばちゃんが眉をひそめてこちらを見ているのに気づいて俺は無理やり愛想笑いをした。また、会社を辞める羽目になったら叶わない。

 ――畜生。美枝子のヤ

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「二人がかりで玩具にされて―義弟の罠―」

「姉さん、友達と東京見物に行きたいんだけど、部屋に泊めてくれない?」

陸【りく】からそう電話があったのは、一週間前のことだった。
陸は今年十九歳になる義理の弟だ。

私の母親と陸の父親は十年前に再婚した。私は当時小学六年生で見知らぬ男の子と一緒に暮らすのは不安だったけれど、陸は女の子みたいに可愛らしい顔をしていて、よく懐いてくれたのですぐに仲良くなった。

ところがお義父さんのほうとはあまり上手

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VieRo

VieRo

目を覚ましてしばらく、自分がどこにいるのか思い出せなかった。
鏡張りの天井に、並んで寝転んだ男女の姿が映っている。
妙に蒸し暑い。私はゆっくり起き上がって辺りを見渡した。頭に泥が詰まっているように重い。
部屋の壁は天井だけではなく四方も鏡張りだった。寝癖が付いていることに気付いて、私は前髪を手櫛で整える。
鏡の中の自分に上目遣いでちょっと微笑んで見てから、改めて部屋を眺めた。
小さなダブルベッド、

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シスターコンプレックス

シスターコンプレックス

 考えてみて欲しい。
 もしも好きな女が突然、自分以外の男と結婚すると言い出したら君なら平常心でいられるか?
 いられないだろう。ぼくはいられない。
 いままで一つ屋根の下で暮らしてきて、当然この先もずうっと共に過ごしてゆくことができるのだと思い込んでいたのに、いきなり見知らぬ男に横から掻っ攫われていくとしたらどうだろうか。
「祝福して欲しいの」
 ぼくの気持ちを知っている筈なのに、美咲は残酷にも

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五分間の抱擁

五分間の抱擁

 ぼくの腕の中で、ナナコが眠っている。

 ように見えて安らいだ気持ちになったのはほんの一瞬だった。
 ナナコはすぐにぱっちりと目を開いて起き上がり、ぼくの腕から抜け出してしまった。
 ぼくは思わずその手を掴んで引き止めそうになって、やめる。
 いけない。ベッドから出たら彼女はぼくのものではなくなるのだ。
 それでも名残惜しく、ぼくは枕に顔を押し付けてナナコの残り香を吸い込んだ。
 セックスのあと

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この世で二人きり

この世で二人きり

 まずその日最悪だったのは、街で偶然岡内博之に寄り添う島崎麻衣を見てしまったことだ。

  「お前、最近雛香ちゃんのとこに顔出してやってんのか」
 ある日の夕食時、思い出したように父が言った。
 雛香。久々に聞いた名前だ。私は咄嗟に眉間が歪むのを無理に抑えて、ああ、そういえば、と無邪気さを装った。
「うーん、そういえば、最近はあんまし」
「まったく冷たい娘だね、お前って奴は。昔はあんなに仲が良かっ

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スノウホワイト

スノウホワイト

 黒板に羅列する方程式。
 数学の相良先生が、長い方程式を黒板にすらすらと書いていく。
 ゆびさき。
 私の視線は、その、白いチョークを持つ指先に釘付けになる。男性特有の、節くれ立った、けれど繊細な細長い指。
 その中指が私の中に埋まる瞬間を想像して、私はうっとりと目を閉じた。
 先生の白い肌。きまじめな、冷たい印象の瞳。薄い唇。私はそのからだじゅうすべてに、あまねくキスを降らせる場面を想像する。

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写真の向こう側

写真の向こう側

駅前を抜けたら線路の横をしばらく走る。
駐輪場に自転車を停めて校門に入ると、十メートルほど前を若宮徹が歩いているのが見えた。
私は駆け寄って行って、その肩をぽんと叩く。
「おはよー」
徹は一瞬驚いた顔をして、それからすぐにいつもの優しい笑顔になった。
「おはよう須川、朝から元気だなぁ」
「まーね。徹は元気ないね」
「ん、俺はテイケツアツ」
「ふーん」
寝起きの悪い人はよく低血圧と言うけれど、本当に

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甘い酒

甘い酒

その店に入ったのはほんの偶然だった。

出張で訪れたとある町の、駅裏の寂れた飲み屋横丁にある小さな小料理屋だ。営業しているのかも分からないスナックや古いラーメン屋などが並ぶ狭い路地は、恐らく、普段から人通りも少ないのだろう。駅を出た途端の急な大雨で、ホテルに戻るまでの雨宿りのため飛び込んだ適当なのれんの中には、自分以外に客の影はなかった。

「いらっしゃい。お客さん、初めてね」

テーブルがひとつ

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幸福の条件

幸福の条件

繋がった場所から、溶け合ってしまうようだった。
私は唇を噛み締める。堪え切れなくて、切ないため息が漏れた。
身体の奥の、いちばん深いところを熱い肉杭が貫く。ずしんとした衝撃と、甘美な快感。
私の欠けた部分へぴたりとはまり込んで少し大きい。それが恭次の性器だった。ほんの僅か、私を無理やり押し開くその熱がいとおしい。身体の奥深くから熱いものが湧き溢れてきて、繋がった部分を溶かしてしまう。
幾度も突き上

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