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北村早樹子のたのしい喫茶店 第20回「荻窪 珈里亜」

文◎北村早樹子

 14歳から33歳くらいまで髪の毛は家で自分で切っていた。髪型はずっとおかっぱ頭で、最初は下手くそだったけれど長年やっていると嫌でも上達してくるもんで、25歳ぐらいからはもう、お風呂で工作ばさみでちょきちょきと、ものの10分ほどで仕上げられるくらいの腕前になっていた。
 わたしは美容院がとても苦手で、というか美容師さんが嫌いで、馴れ馴れしくプライベートを根掘り葉掘りと聞いて来るあの上っ面のコミュニケーションが本当に嫌で、あのストレスから逃げたいがために髪の毛は自分で切っていた。という話を、アウト・デラックスという番組に出演したときにマツコさんに言うと、
「あなた、ちゃんとした人に綺麗に切ってもらったら変わるわよ。うちで変身企画やりましょう!」
 と言われて、北村早樹子大変身企画をテレビでやっていただいた。しかし表参道のゴージャスなサロンで人気美容師さん(某有名タレントの旦那)に切っていただいたところ、なんとベリーショートにされてしまい、出来上がって鏡の中に映っているのは完全にベティちゃんで、たいへん落ち込んだ。やっぱり美容師は信用ならん! 

 そういうわけで、その後もお風呂で自分で切っていた。しかし、だんだんともう自分の手には負えなくなってきた。そう、あいつのせいだ。にっくき大敵、白髪の野郎。
 わたしは白髪が出るのが結構早くて、20代前半から気になりだして、最初は自分で鏡を見ながら引っこ抜いて間引いたりしていたが、それぐらいではどうにもならないぐらい量が増えだしたのが33歳ぐらい。最初は市販のブローネなんかで、家で染めてみたりしていたけれど、どうにも上手に染まらない。それに何より家で染めると、流した時にお風呂場の床が真っ黒になり、あれを掃除しているときの惨めさったらない。
 そういうわけで、これはもう、美容院の力を頼るしかない。悔しいけど仕方ない。わたしは美容院を探した。美容院ジプシー状態で、安い美容院を色々試して行った。美容師は髪色を明るくしたがったり、毛先を軽くしたがったりするので、その度にわたしは、「真っ黒にしてください! 毛先は絶対に梳かないでください!」と訴えるのだけど、毎回それをやるのに疲れてしまった。そろそろ、行きつけの美容院を見つける頃合いかもしれへん。わたしは本気で美容院を探し始めた。
 すると荻窪に、白髪染めとカットが合わせて3300円という破格の美容院を見つけた。一見、今風の、小ぎれいなサロンっぽい内装ではあるのだけど、不愛想な小太りのおばちゃんと、煙草臭い小太りのおっさんのふたりでやっていて、チャラついた印象はなかった。どちらも恐らく40代~50代なので、若い美容師のイケイケなノリがなくて安心した。おっさんの方はよく喋るのでめんどくさいけど、おばちゃんの方は一切何も喋らない。これは楽。そして一回目に色は真っ黒、毛先は重く、絶対梳かないで、と伝えたら、次回からはなにも言わなくてもやってくれるようになった。愛想はないけど、おばちゃんありがとう! そういうわけで、わたしは35歳からその美容院に通うにようになった。
 ある日、美容院の帰りに駅まで歩いていると、とても古いショーケースが目に入った。『喫茶珈里亜』食品サンプルはどれも陽に焼けて色あせていて、お世辞にも綺麗とは言えないけれど、ここまで年季の入ったショーケースがあるってことは、絶対いい喫茶店や。わたしは確信して扉を開けた。

 窓際の席は見晴らしがよくて、JR総武線のホームがちょうど見える。木のテーブルと椅子、カウンターの壁には可愛いカップやグラスが並んでいて、うっすらと有線が流れている。無駄な装飾品などはないけど、喫茶店らしいものはちゃんと揃っている。マスターがワンオペで料理も作りながら、お運びもしていて、活気はないけどいい意味で力が抜けていて、なかなかええやん、と気に入った。マスターワンオペなのに、メニューはとても豊富で、カレーはキーマ、チキン、ビーフと三種あるし、ビーフシチューやクリームシチューやボルシチまである。しかしわたしは好物のピザトーストのセットを注文。サラダが可愛く盛ってあって、トーストは厚切りでおいしい。そして食器がどれも可愛い。マスターはそっけない接客だけど、料理は手間暇かかってておいしいし、コーヒーもおいしいし、そうそう、喫茶店ってこうじゃなくっちゃ! という気持ちになった。

 それからわたしは仕事前にも途中下車してときどき珈里亜にお邪魔するようになった。窓際の席でパソコンを開くと、不思議と原稿が捗ることがわかった。軽くお昼ごはんがてらお邪魔することが多いので、だいたいサンドイッチセットかクロックムッシュセットをいただくのだけど、パンがただの食パンじゃなくって、なんともいえない、おいしいパンなのである。たぶん良いパンを使っている! ワンプレートセットというお得なセットもあって、ナポリタンを少しと半分サイズのトーストとサラダとコーヒーがついて680円。安いしおいしい。ときどき若い女性客が来ていて、みんなクリームソーダを飲んでいる。珈里亜のクリームソーダは可愛いグラスに空色のソーダでとても映える。

 原稿の合間にふとカウンターを見ると、マスターが紙ナプキンを可愛く折っていた。ナプキンもそのまま出すのじゃなくて、可愛く折ってだしてくれるだけであったかい気持ちになる。マスターはそっけないようでいて端々にちゃんと心が籠っていて、またお気に入りの喫茶店が増えました。

今回のお店「荻窪 珈里亜」

■住所:東京都杉並区荻窪5―27―6    
■電話:03―3393―1136
■営業時間:月~土10時から22時 日祝12時から22時 
■定休日 不定

北村早樹子

1985年大阪府生まれ。
高校生の頃より歌をつくって歌いはじめ、2006年にファーストアルバム『聴心器』をリリース。
以降、『おもかげ』『明るみ』『ガール・ウォーズ』『わたしのライオン』の5枚のオリジナルアルバムと、2015年にはヒット曲なんて一曲もないくせに『グレイテスト・ヒッツ』なるベストアルバムを堂々とリリース。
白石晃士監督『殺人ワークショップ』や木村文洋監督『へばの』『息衝く』など映画の主題歌を作ったり、杉作J太郎監督の10年がかりの映画『チョコレートデリンジャー』の劇伴音楽をつとめたりもする。
また課外活動として、雑誌にエッセイや小説などを寄稿する執筆活動をしたり、劇団SWANNYや劇団サンプルのお芝居に役者として参加したりもする。
うっかり何かの間違いでフジテレビ系『アウト×デラックス』に出演したり、現在はキンチョー社のトイレの消臭剤クリーンフローのテレビCMにちょこっと出演したりしている。
2017年3月、超特殊装丁の小説『裸の村』(円盤/リクロ舎)を飯田華子さんと共著で刊行。
2019年11月公開の平山秀幸監督の映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』(笑福亭鶴瓶主演)に出演。
2019年より、女優・タレントとしてはレトル http://letre.co.jp/ に所属。

■北村早樹子日記

北村さんのストレンジな日常を知ることができるブログ日記。当然、北村さんが訪れた喫茶店の事も書いてありますよ。

■北村早樹子最新情報

10月25日(火)「東京30人弾き語り2022」出演

1本のギターを30人で回し弾きするヨコチンレーベル企画の名物イベント「東京30人弾き語り」に北村さんが出演します。



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