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第10章 From The Old World-2

Vol.2
 会計は、案の定僕が支払うこととなった。「まあ、そこは仕方がないか。」と思いながら、レジでキャッシュレス決済を行った。こんな田舎でもキャッシュレス決済はほとんど当たり前のこととなった。ありがたいことだ。妹は満腹になったかと思ったが、カフェに行きたいと言い出した。僕は、早く実家に帰りたいなと思っていたが、その夢は叶うことがなく、妹の言うがままカフェに向かった。最近、地元にできたカフェで、商業施設と一体型になっており、書籍や雑貨店などが併設されていた。店内は若者で賑わっていた。先ほどまでの地元の道路の閑散とした具合から比較すると、この施設内だけ人口密度が異様に多い。まるで、地元の若者がすべて集うかのようだった。なんて冗談はさておき、妹は名前が呪文のような注文を店員につげ、なんだか異様にクリームがカスタマイズされた飲み物を手に僕の座る席へと駆けてきた。
「よく、昼ごはん食べた後にそんなカロリーの高いものを飲めるな。」
「全然余裕よ。お兄ちゃんこそ、おっさんみたいなこと言ってるじゃん。」
「いや、普通の意見だと思う。僕は、昔から、そんなクリームまみれのものを食後に飲んだことはない。」
「嘘つき。前、一緒に行きましたよ。」
「そうだっけ。」
「そうだよ。もう、記憶力まで落ちちゃったの。ますます、おっさんじゃない。」
「そんなことないわ。まだまだ、6キロくらい余裕で走れるわ。」
「はいはい。」
僕は、少しムキになって妹に反論したが、妹はそんなことはどうでもいいかのように適当にあしらってきた。全く、自分がこう言う態度を取られたら絶対怒るくせに、人にはこう言う態度を平気でとる。こう言うところは誰に似たんだか。自己中心的で我が儘ー。そう、末っ子あるある。甘やかしているのは当の本人が自分であると言うことは置いておいて、僕は妹がいかにも胃もたれをしそうな飲み物を飲んでいるのをしばらく眺めていた。妹は、嬉しそうにそいつを飲んでいる。
「そう言えばなんだけど、こないだ友達の結婚式に呼ばれてさ。ブーケとすやったんだけど取れなかったのよ。残念だわ。」
「チビだからしょうがないよ。」
「いや、お兄ちゃんも大概チビじゃない。どの口で私にチビって言えるのかしら。」
「まあ、僕より背が低いからかな。」
「でも、お兄ちゃんは男としてその身長はチビじゃない。女の私と比べたって仕方がないのよ。」
「それはそうだけどな。まあ、そう言う遺伝子の元に生まれてしまったわけだからな。低身長を抱えて生きていかないといけない人種なんだよ。」
僕は、少し遠くを見た。現実、イケメンでもなければ、高身長でも、高学歴でも、高収入でもない。そんな自分の人生の虚しさを背負い込んでいる。少し、黄昏たい気分なのかもしれない。妹は、そんな僕のことを差し置いて話を続ける。
「てかさあ、お母さん、まだ伸びるとか言ってめちゃくちゃご飯食べさせてくるんですけど。」
「いや、もう伸びんだろ。」
「それなー。いつまでも期待しているのやめてほしいわ。」
「いつまで経っても、親にとって子供は子供なんだろうね。」
「もう成人してから何年経ったんだよってね。」
いつまでも子供扱いしてくる両親に対する愚痴を溢した。妹は、甘ったるい飲み物を飲み終えて満足したらしい。やっと、僕らは実家に帰ることになった。昨日の夜に博多について、ここまでだいぶ長い時間だった。仕事をするのとはまた違った大変さを感じる。むしろ、仕事をしている時より考えているかもしれない。会社にいるときは、ある意味、社会人や仕事をしていると言うゾーンに入っているためだろうか。だいたいそう言うスイッチみたいなモードのおかげで過ごしている。しかし、こういったpプライベートでは、自分の心がダイレクトに情報を処理し、次にどう行動するかを自分自身で決めなくてはいけない。社会人という虚構を脱ぎ捨てた素の自分という存在は、随分と物事を考え込んでは感情の波を揺らしていた。ある種、サーフィンなのだろうか。自分は自分という存在をサーフィンしているのだった。
「ねえ、何をそんなにぼーっとしてるの。早く、車に戻るよ。」
「あ、ごめん。」
僕は慌てて妹の小さな背中の跡を続いた。
 車は再び市街地を走り始めた。ふとした瞬間に外を見ると高齢者ドラバーのマークが昔より増えた気がする。すれ違う車の4分の1くらいは高齢者なんじゃないのか。それは、言い過ぎか。田舎の市街地なんてチェーン店ばかりが並んでおり、面白みがない。個性がないと言った方が正しいかもしれない。全国チェーンの回転寿司にハンバーガーショップ、カフェ、スーパー、コンビニ、ファミレス。パソコンのCtrl+cでコピーされた街をCtrl+vでペーストされたような街並みがある。そして、そこに住む人達。ある意味その人間も同じように複製されただけの存在なのではないだろうか。個々人がそれぞれ意思を持っているが、本当は誰かの模倣品のような存在なのかもしれない。唯一無二の存在なんてこの世に存在するだろうか。マクロ視点で見れば、村人Aで十分な気がする。僕が、車の窓を見ると、自転車を漕ぐ高校生が三人いた。僕は、その三人を見たがなんだか彼らに違いを見出すことができなかった。きっと彼らは、部活も違えば住む場所も違うし、学力だって違う。好きなアイドルがいる人もいれば、アニメが好きな人もいるだろう。ミクロ視点では顔の形だって、声だって全然違う。でも、車窓から見えた彼らは僕にとって村人Aに変わりがないのだ。多様性と言う言葉が一時期流行っていた。個人の価値観を尊重する社会。だが、その弊害だろうか。ある意味人は孤独を手にしてしまった。あなたはあなた。私は私。と言う考え方で分類してしまったがために、他人との心の距離が遠く離れたのだろう。悲しいものだ。自己主張するあまりに孤独になっていくなんて。
 僕が色々と考えているうちに、車は実家へと到着した。久しぶりだった。いつも通りの玄関に庭の感じ。そこにあるのは紛れもない実家だった。18年間僕が暮らしていた家。車を降りて玄関から家に入る。
「ただいま。」
僕は、今も暮らしているような感覚で返事をした。すると母がやってきて、「おかえり」と言ってきた。変わらない風景を目に僕は急に力が抜けた気がした。荷物を元自分の部屋に置きに行った。すると、毎度のことながらであるが、物置と化した部屋が出てきた。僕は毎年、この部屋のものが増えているような気がした。いや、事実増えているのだ。
「ねえ、またもの増えてるじゃん。前も処分しろって言ったのに。」
「えー。だってどれ捨てていいかわからないし、捨てるの勿体無いじゃない。」
母がいつも通り、お惚けた感じで僕に言ってきた。このやりとりは何度目だろうか。僕はお決まりのフレーズを吐いた。
「そんなこと言っているからいつまで経ってもものが減らないで増えるんだよ。」
「はいはい。次は綺麗にしてるから。」
「それ何度目だよ。」
このやりとりが帰省したことを、脳に焼き付けているような気がした。
「そういえば、お父さんは。」
「仕事よ。夜に帰ってくるわ。お父さんもあんたが帰ってくるのを楽しみにしているんだから。」
「そっか。」
父が張り切ると面倒臭い。我が儘で自己満足が強いため、相手をするのが少し気だるかった。今までも幾度なく、思いつきでどこかに連れていかれるが、目的も無いままに色々と出かけたりするため、たいして楽しくもなかった。目的のない楽しみもあるが、父のそれはせっかちすぎるのだ。ものを噛み締める時間がない。僕は、物事を噛み締める時間を大切にしている。その時感じた感情や何をするかを考える工程。だが、父はあまりにせっかちすぎて良いか悪いかを一問一答のように判断するだけなのだ。例えるならば、高級フレンチに行ったとする。そこで、僕は前菜から始まりデザートで終わるコースなら、少しずつ噛み締め、前菜の口に入れた瞬間の香りや味、噛むごとに変化し最後に残した余韻がどう次の料理に繋がっていくのか、そして全ての料理を食べた後で、どういった形になるかを楽しむ。だが、父の場合は口に入れたものが美味しいか美味しくないかで判断する。単純に食べるスピードが早いのもあるが、味わうと言うことをしないのだ。だから、ファーストテイストが大事になってくる。まあ、簡単に言うと昭和のせっかちおじさんだ。
「そういえば、今日の晩御飯はあんたが作ってよ。」
「えー。面倒臭い。」
「いいじゃない。あんたの料理が美味しいから。」
「仕方ないな。じゃあ、何が食べたいの。」
「シェフのおまかせで。」
「出たよ、なんでもいいが一番困るんだよ。」
「あんただって、昔はずっと言ってたっじゃない。晩御飯は何がいいって聞いたら、なんでもいいって。」
「はいはい。」
自分で料理をする前は考えたこともなかったが、自分で料理をするようになってこういう気づきが増えた気がする。母の気持ちは、だいぶわかるようになった。
 さて、いやいやながらも僕は、晩御飯を作るために近所のスーパーに買い出しに行った。車でいくかと言われたが、1キロもない道を車でいくなんてガソリンの無駄だろと思ったので、歩いていくことにした。外は日が傾き始めていた。やはり冬というのは日が落ちるのが早かった。まだ、4時近くなのに。僕は寒空の下を歩いた。街を歩いて出かけている人なんてほとんどいなかった。北風がビュービューと吹き荒れてきたので僕は、近くのスーパーへと急いだ。
 スーパーへ着くと、安売りだのなんだのの店内放送が流れていた。僕は、何を作ろうか考えながら鮮魚コーナーをトボトボ歩いていた。うーん、年末ということもあってあまりいいお魚は置いていなかった。魚料理はやめた方が良さそうだった。お肉コーナーへと足を運ぶと、美味しそうなお肉が並んでいた。さすが九州。お肉の品揃えはピカイチだった。僕は、厚切りの豚ロース肉を選び、トンテキを作ることにした。あとは、サラダに使うキャベツとトマト、紫玉ねぎを購入し、実家にはないだろうバルサミコ酢を買ってレジへと急いだ。
「あれ、もしかして露っち。」
後ろから懐かしい声が聞こえた。小中学校を共にした南野梨花だった。いつぶりだろうか。成人式の時にあって以来、それっきりだった。僕は、不意に出会ったせいか、どんな対応をしていたのかを忘れてしまっていた。
「南野さん、久しぶり。」
「ああ、もう南野じゃないんんだ。今は田辺っていうの。」
「あ、結婚したんだ。」
「そう、もう子供もいるのよ。」
「まじか。すごいな。」
僕は驚いた。自分と同い年の幼馴染がもうすでに結婚して子供がいるという現実が。今の自分の周りには、独身の人が多いのも相まって。
「露っちは、もう結婚したの。」
「ま、まだだよ。なかなかいい人いなくてね。」
「そっか。大学も出てたんだよね。」
「そうだよ。」
「すごいよね。私なんて、高卒だからさ。さっさと結婚したんだけど、全然お金ないし、暮らしていくの大変なんだよね。こんなことなら、ちゃんと大学まで出ておくべきだった。」
「まあ、大学行ってもそこまでお金が貯まるかといったそうではないよ。稼いだ分の税金は取られるわけだし。」
「そうよね。税金でお金そんなに持っていかれたらせっかく稼いでもたいして手元に残らないわよね。」
「うん。」
「ところで、今日はどうしてスーパーなんかにいるの。」
「ああ、久しぶりに帰省したんだけど、晩御飯作れって言われて。買い出しに来てる。」
「え、すごい。料理するの。」
「まあぼちぼち。一人暮らしが長いんで、一通りはできるかな。」
「羨ましい。うちの旦那にも見せてやりたいわ。いつも休みの日なんて、ゲームして家事なんてしてくれないんだよ。」
「そっか。でも、旦那さんも仕事大変なんじゃないの。」
「まあね。建設関係だから体使う仕事だしね。」
「それは大変だ。僕じゃできないな。」
「最近は、工業地開発が進んでるらしくてね。忙しいみたいなの。」
「なんかできるの。」
「半導体の工場ができるみたいなの。最近はそれの労働者が増えてきて住宅地が増えているのよ。」
「そうなんだ。」
「そうなの、そのおかげで学校も昔より人数増えたのよ。」
「いいことだね。人がいなくなった街は悲惨だから。」
「そうね。少子化なんて言うけど、うちの子が幸せに暮らせる社会になってくれると嬉しいな。」
そういった南野さんの顔からは母のような優しさが込められていた。自分が知っていた同級生がどんどん遠くに言ってしまうような感覚に襲われる。自分だけが、取り残されているんじゃないのか。子供のままなんじゃないだろうか。そう感じさせる。
「ママー。早く帰ろう。」
3歳くらいの男の子がお菓子コーナーから走ってきた。買い物かごの中にお菓子を入れて南野さんの服を掴んでせがんできた。南野さんのお子さんだろうか。
「もう、またお菓子ばっかり買って。」
「いいじゃん。買ってよ。」
男の子は南野さんを見つめて駄々をこねた。南野さんは仕方がないなあと言いながらカゴの中のお菓子を見逃した。すると、男の子はとても喜んでいる様子だった。
「ねえ、疲れたから早く帰ろうよ。」
「はいはい。じゃあ帰ろうか。」
可愛らしいお子さんは、まだまだお母さんに甘えている。僕にもこう言う時代があったのだろうか。そう思っていると、南野さんが僕に話しかけてきた。
「ごめんね。立ち話しちゃって。」
「いいよ。僕も久しぶりに話せてよかった。」
「じゃあ、またね。露っち。」
僕は、南野さんと別れた。あの頃の学生とは違う。夕暮れ期に校舎で別れたあの時とは、もうかけ離れてしまったのだ。お互いの人生は、違う道へと進んでいる。小さな幸せを掴んでいった南野さんを少し、羨ましく感じた。自分も誰かと幸せな家庭を持って、子供と一緒に暮らしている生活があったのだろうか。「もしも」と言うストーリーが僕をどうさせていたのだろうか。そう考えると、僕は今の自分が不幸な感じに襲われる気がした。「ああ、早いところ家に帰って、晩ご飯の支度をしよう。」そう思い、僕はレジへと進んだ。
 会計を済ませ、買ったものをエコバックに入れて家に帰った。途中懐かしい公園があった。小中学生の頃ずっと遊んでいた公園。どれだけ走り回っても、窮屈さを感じない公園だったが、今はもう小さく見える。小さな子供が数人遊んでいた。でもあの頃と違って、そこに自分の姿はなかった。あの頃は、ここが僕の世界だった。今では、行ったこともないような場所も含めて、日本という国が僕の世界だった。僕は、もうこんな小さな世界を見ていられるほど子供ではないんだな。と思いながら公園を通り過ぎた。
「ただいま。」
「おかえり。遅かったわね。」
「少し、友達に会って話していたら遅くなった。」
家に着くと、母が洗濯物を畳みながらテレビを聞いていた。
「ところで今日は何を作ってくれるの。」
「トンテキかな。あとポテトサラダ。と味噌汁。」
「あら、楽しみ。」
そう言って母は、洗濯物を畳むのを続けた。僕は買ってきたものを冷蔵庫にいれ、手を洗って早速調理を始めた。まずは、お米を研ぎ、炊飯器にセットし、乾燥昆布の表面を軽く拭き取り研いだお米と一緒に炊飯器の電源を入れた。水は、少し少なめに炊いたほうが個人的には甘味が出るので好きだった。お米が炊けるまでの約一時間。その間に料理を作る。まずは、豚肉だ。豚ロース肉のスジに切れ込みを入れる。外側にある脂身にも切れ込みを入れて焼いた時に肉が知人でしまうのを防いだ。さらに、豚肉に塩を振って軽く休ませておく。あらかじめ、ニンニクと生姜をすりおろし、小皿に入れておく。それが済むと、しめじと乾燥わかめ、煮干しを鍋にいれ、水をそこに入れコンロで加熱する。じっくり弱火で温める。これは、味噌汁だ。父親は、料理に味噌汁が出ないと機嫌が悪くなるタイプなのは昔から知っていたので、作らないわけにはいかなかった。次は、ポテトサラダ作りだ。まずは、ジャガイモを洗い、皮ごと電子レンジに入れて600wでジャガイモの様子を見ながら温めた。いい感じにホクホクになったジャガイモの皮を手が火傷しそうになりながら向いていく。皮を剥いたジャガイモに塩を軽くふり、冷めないうちに手早く潰していく。そこに、予め作っておいたゆで卵とハム、きゅうりを加え、マヨネーズとお酢、黒胡椒、マスタード、チーズで味付けをする。味見をして塩気が少し足りなかったので、お塩を追加し、ポテトサラダの完成だ。ポテトサラダは、このままでも美味しいが、味をなじませるために余熱をとり、冷蔵庫で休ませた。次は、キャベツの千切りと紫玉ねぎのスライスをそれぞれ、水の入ったボウルに入れてしばらく浸しておく。こうすることで、玉ねぎの辛さは抜け、キャベツはシャキシャキとした食感を出すことができる。最後に、メインのトンテキの調理に入る。すりおろした、生姜とニンニクをつめたいフライパンにいれ、オリーブオイルを加えて火をつける。しばらくすると、パチパチと生姜とニンニクが音を立てて、いい香りが台所に広がった。このタイミングで、先ほど下拵えをした豚肉に軽く片栗粉をまぶし、フライパンで片面から焼く。ジュワーっという音が食欲を掻き立てる。人は、肉が焼ける音に本能的に食欲が湧いてしまうのはなぜだろう。太古の昔から肉を焼いて暮らしていのがDNAレベルで刻まれているのだろう。少し、すると、豚肉から油が出てきた。僕は、フライパンを傾け、スプーンでその油を豚肉表面に回しかけた。よくいうアロゼだ。表面がピンクから薄らと色が変わっていく。焼いている面が狐色に変わったら、ひっくり返し、同様にアロゼしていく。両面の外側がこんがり狐色になったらフライパンから肉を取り出し、アルミホイルで包んで余熱を入れる。余分な油をキッチンペーパーで拭き取り、そこにケチャップを入れた。ケチャップはバチバチと叫んだ。これは、ケチャップの酸味を飛ばし甘みを出す作業だ。さて、そのあとは、中濃ソースをケチャップと1:1になるように加え、醤油加えた。ここで、一旦終了。すると、味噌汁がグツグツと煮立ってきた。僕はそこに豆腐と長ネギを加え、再度煮立つまでまった。
「あら、おかえりなさい。」
母の声が、玄関の方から聞こえた。父が帰ってきたみたいだった。父親は、匂いに釣られたのか、台所にやってきた。
「今日は、お前が作るのか。何を作っているんだ。」
「それは、出てからの楽しみだよ。つまみ食いは無しで。」
「はいはい。」
そう言って父は、洗面所に向かった。僕は、父も帰ってきたことだし、最後の仕上げに移った。お米が炊けたので、蓋を開けてこめをかき混ぜ、保温機能を切って、そのまま蓋を閉めて蒸らした。こうすると、個人的に最適な温度でお米が食べられる気がする。お味噌汁は、火を止めて味噌を加えて完成だ。そして、最後にバターをフライパンに入れ、溶かしたら豚肉を入れていく。少しソースに粘度が出てきたら完成だ。そして、僕は、水に晒しておいたキャベツと紫玉ねぎ水気を切り、お皿にポテトサラダとトンテキと一緒ににのせた。味噌汁とご飯もついで、夜ご飯の完成だ。僕は、リビングにご飯を運んだ。すると妹は、あれからずっとスマホをいじっていたらしく、「もう夜ご飯の時間なの。」と驚いた様子を見せた。
久しぶりの家族が揃っての食事だった。家族で最後に食べてのは半年前か。そんなことを思いながら、ご飯を食べた。父は、相変わらず冷蔵庫からビールを取り出して、プシュッという音を立て、それをグイグイと飲んだ。全く、そろそろ年のことも考えて、酒は控えてもらいたいものだ。
 みんな、料理を美味しそうに頬張っていた。
「あんた、また料理の腕をあげたんじゃない。」
母が僕に向かって言ってきた。
「まあね。色々試したりしていってるから。」
「さすが、独身貴族。」
「お前も独身じゃんか。」
「私は、貴族じゃないもん。」
全く、失礼なやつだ。こんなふざけた会話をしながら食卓を囲む。なんだか、昔に戻ったようだった。自分が子供の頃に。そうこしながら、ご飯を食べ終えると、父が僕に酒を勧めてきた。なんでも、親戚から送られてきたワインを飲むだのなんだの。ワイングラスを自ら持ってきた父は、僕にワインをついだ。僕は、昨日も飲んだから今日はあんまり飲みたくはないなと思っていたが、ここで断ると面倒臭いなと思い、ワインを飲むことにした。
「上手いやろう。」
父がテンションを上げながら僕に話しかけてきた。
「うん。おつまみがあると良かったのに。」
「スルメならあるぞ。」
「いや、チーズとか。まあ、スルメでもいいけど。」
父は、台所からスルメを持ってきた。父は、自分で持ってきたスルメをバクバクと口に運んだ。僕に食べさせる気はないのかな。と思った。
「実はな、お前に話があるんだ。」
父は、スルメを食べる手を止めて、僕に話しかけてきた。なんだろう。酔っていたはずの父の声がいつの間にか真剣な声になったいた。僕は、少し嫌な感じがした。なんだろう。新幹線で見た夢をが正夢になってしまうのではないのかと少し恐怖した。でも、そんなことなんてなかなかないだろう。そう思い僕は父に返答をした。
「何?」
「実はな。癌になった。」
「えっ。癌。」
「そうだ。前立腺癌だよ。」
僕は、額に脂汗をかいた。夢が現実になる。癌という言葉に驚いたのか、悪夢が現実になったことに対して驚いていたのか少し曖昧だった。
「まだ、癌がそんなに進行しているわけではないんだが。」
「そうなの。手術しないといけないの。」
「それはわからない。」
夢と同じで、父が低い声で応え、母は少し能天気な感じで返答した。僕が黙っていると、母は、「まあ大丈夫よ。すぐ死ぬとかそういう問題じゃないんだから。」と言って僕を安心させようとした。だが、そんなことで安心するわけなかった。
「お酒飲むなよ。」
「それはやめられん。」
「もうあれでしょ。ここまで生きたんだから、我慢してまで長生きしたくないんでしょ。」
僕がポツリと言ったが、父はそんなことを聞いてくれなかった。妹は、父の思いを代弁した。
「そんなワガママ言うなよ。」
僕の言葉は父にどう響いたのか分からなかった。きっと、言うことは聞いてはくれないだろうけど。少し僕は諦めかけていた。
 それから父は、自分が死んだ後の話をし始めたが、僕は何も頭に入ってこなかった。僕は、そんなことを考えて、それが現実になってしまうのではないかと思い、考えることから逃げていただけだった。その後、父は酔って眠くなったらしく、寝室へ早々といった。
単なる帰省だったはずが、とんでもない事実を僕に突きつけてきた。僕は、酔いを覚ます意味も込めて寒空の下、庭で飼っているウサギの小屋へと駆け寄った。
「今年はどうしてこんなに嫌な事ばかり起こるんだ。」
「・・・・・」
僕は、ウサギのフサフサの身体を撫でながら呟いた。しかし、ウサギは何も返事はせずに、気持ちよさそうに撫でられていた。しょんぼりと僕がしていると、母がやってきた。
「そんな心配しなくても大丈夫よ。」
母は、優しくそう言った。僕は、何も言うことができなかった。母は、そんな僕にさらに続けて言った。
「お父さんは、そんな癌で死んじゃうとかじゃないんだから。」
「それはわかっているけどさ。色々あるんだよ。僕も。」
「辛気臭い顔しちゃって。そんなんじゃお嫁さんも来ないわよ。」
「それは余計なお世話だよ。」
「はいはい。まあ、こんな寒いところにいると風邪ひくから、早く部屋に入んなさい。」
「はーいー。クション」
僕が小さくくしゃみをすると、母が言わんこちゃないと言いたげに、僕を急かした。そして、僕は母と一緒に部屋に入り、暖かい家へと戻った。今日はいい夢が観れるといいな。



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