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記事一覧
【短編】 親指おじさん
「ママー。あの人、親指みたい」
またですか。もう、言われ慣れましたよ。
私はイーサン・ハリス。生まれも育ちもサウスダコタ州の、清掃局職員です。
「親指」って言われるようになって30年以上。
いや、ホラーでもマンガでもなく、私の佇まいと言いますか、シルエットが「親指」みたいだといつの頃からか言われるようになり、それを甘んじて受け入れて来ました。
20代後半から太りだし、ますます「親指」みたいな
【短編】 閉じ込められた微笑み
時は2045年。
低迷しきった経済は、かつて経済大国と呼ばれたその国をGDP 第15位までランクダウンさせていた。
経済学者も政府の経済対策チームも、もはや打つ手を見失い、
国民から「微笑み」や「笑顔」は完全に消え去っていた。
「あ、お前、また違法動画観てるな。ここはカフェだ。捕まるぞ」
「シー! 声が大きい ‼️ こんな世の中だからこそ、笑いが欲しいんだよ」
「分かるけどさ。違法だぞ。見つ
【短編】 寛容桜は今年も ②
安達茂兵衛の旧家は意外にも現存していて、あっさり見つかった。
ところどころ増築されてはいるが、紛れもなく明治中期に財をなした豪農「安達家」の旧家だ。
急な訪問にも関わらず、現在の当主は快く対応してくれた。
「突然で恐縮なんですが、安達茂兵衛さんが編纂した文献について伺いたいのです。」
「ああ、【安達実記】だね。遠い所をごくろうさん。まあ、上がってお茶でも」
17代当主の安達幹夫は優しい口調で語
【短編】 寛容桜は今年も ①
3月下旬の里山は、まだ春と呼ぶには肌寒かった。
首都圏の大学院に通う坂上と岡野が車を飛ばしてやってきたのは、「寛容桜」と名付けられた推定樹齢500年のエゾヒガンザクラのある深沢村。
「日本三大桜」など有名な景勝地となっている桜をよそに、ひっそりと、そして地元の人の間ではいつもそばにあるシンボルとして、毎年見事な花を付ける。
「民俗学専攻だと、こんな小旅行も出来ちゃうんだな」
「小旅行って(笑
【短編】 ニゲル・フォレストの決断
「どうするか。この二択が後々大きく影響するんだ。慎重に決断せねば」
ニゲル・フォレストは朝8時の駅前のベーカリーで、バターたっぷりクロワッサンとクイニーアマンのどちらにするかを決めかねていた。
隣でパンを選ぶ客のトレーには、艶のある大きめのクロワッサン。とても美味しそうだ。
決めた。クロワッサンにしよう。
オフィスに到着し、コーヒーとともにクロワッサンを食べていると、ボスが出勤してくる。
「
【短編】 雨音リノベーション
「鈴木、来週の打ち合わせ用の資料、大丈夫か」
今やってますって。ちょっと予定より遅れてますけど。
「はい、大丈夫でーす」
リノベーション専門の会社に勤める鈴木雨音は入社5年目。
任せてもらえる仕事も増え、忙しくも充実した日々を過ごしている。
「雨音、先上がるけど、ホントに手伝わなくていいの?遠慮しないでよ」
「大丈夫ですって。先輩には前回もガッツリ手伝ってもらっちゃったんで」
今回は絶対、
【短編】 つまらない映画
「ではこれより、最終試験を行います」
二次選考を通過した専門学校生の武内は、同じく勝ち上がってきた数人とともに小さなスクリーンが設置された大きめの部屋に移動する。
クリエイターっぽくないが、知的な感じの試験官が説明を始めた。
「今から短い映画を一本観ていただき、批評をお願いします。これが最終試験となります」
武内は一番後ろの席に座り、眼鏡をかけた。
映画は後方の席で、と決めている。スクリー
【短編】 時をかけるコンビニカレー
21時。
子育てとパート勤めに忙しくも充実した日々の主婦、なぎさは帰宅途中に寄ったコンビニのお弁当コーナーの前で思案していた。
「残業で遅くなっちゃったから伸也に夕ごはんを、と思ってコンビニに入ったものの、こんな時間だから全然種類がないわ。これでいいか」
足早にレジへ。会計を済ませたなぎさの手にはカレー弁当が入った手提げ袋。
「ただいまー。ごめん、遅くなって。ご飯まだでしょ。コンビニで買って
【短編】 突然ワンダーランド
高齢者向けの体操クラブの帰り。
山崎陽子は雑居ビルと壁との間にわずかな空間を見つけ、違和感を覚える。
「こんな所にこんなスキマ。いや、そもそもこんな雑居ビル、ここにあったかしら?」
思わず立ち止まってしまうほどの違和感。毎日通っている道だから、今まで気が付かなかったというのもおかしな話だ。
アーケードのある、古いが活気はある商店街。
陽子は通りから数歩脇に入り、その「スキマ」を覗くように観察
【短編】 柔らかな日差し
目覚ましアラームとともに自動カーテンがセット時間通りに作動し、室内に朝日が差し込む。
森田はベッドを出てコーヒーを淹れ、ネットニュースを音声で聴きながら着替える。
「今日は午後から雨か。薬は1錠でいいな」
ミネラルウォーターで錠剤をひとつ流し込むように飲むと、森田は足早に玄関を出て職場へと向かう。
駅までの道は街路樹のハナミズキが初夏の爽やかさを演出し、歩くだけで気分が高揚する。
そしてそれ
【短編】 終末キノコ
「早くしろ。シャトルが出てしまうよ。この便を逃したらたぶん、もう地球を脱出するのは不可能になるぞ」
医師である私は職場の上司、元同僚などのコネを最大限使って脱出シャトルのチケットを入手し、家族を連れてネシキ宇宙空港に向かっている。
「お父さん、あの飛行機に乗るの?」
「そうだよ。あれで、火星の基地へ行くんだよ」
ほんの数年前にはまさかこんな事になるなんて、思いもしなかった。
ある超大国の天