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【❤️特典以外無料】⭐️京都の中心『へそ石』の暗号❗️ Vol.41


⭐️【あらすじ】

前回の記事では、万城目学さんの『御所グラウンド』がヒントになり、京都の街に隠された『五芒星』の秘密を解き明かすことができました。

さて、今回の記事は、小学校の修学旅行で京都の『六角堂』も見学したはずなのに、『へそ石』のことなんて全く知らずに見逃していたことを、今ごろになって後悔しているオジサンの話です。

まさに、航海日誌ならぬ「後悔日誌」です。
ところが、「後悔、先に立たず」と入力しながら変な妄想するオジサンが、たぶん世界初の発見をこれから書きます。
念の為にネットで確かめてみましたが、まだ誰も気づいていないようでした。

京都の中心、へそ石の暗号!

せめて話くらいは「役立たせたい」オジサンの秘話。
ご興味がある方、ぜひ本編も覗いてみて下さい。


⭐️京都のド真ん中❓


ようこそ、本編へ。
さっぱり意味不明な方も、ありがとうございます。

最近、ついに本来の目的である『358』の秘密について書き始めまして、ここ数回は清水の舞台もある「京都」が舞台でした。
そんな中で真面目な内容も少しは書きながら「伝えること」の価値を実感することも多くなりました。

今回これから書く内容の半分は、ここ最近アップデートされた情報で、まさに「情けは人の為ならず」の格言どおりだった「新たな発見」についてもお伝えしようと思っています。

ということで、その古い歴史に見つけた新しい話。

たとえば、「007」の映画をご存知でしょうか?
今回、私に届いたスピリチュアルな存在からの指令は、私の苦手な「漢字の読み方問題」からでした。

実は、京都の街のことなんて検証作業と関係ないことは全く無知なオジサンは、その漢字を「ちゅうきょうく」と読んでしまうほどでした。

【中京区】

そんなわけないやろ!
と、素直になれないオジサンは、「中京」という漢字の由来を調べてみました。
「東京」と「京都」の間。
東の【京】と西の【京】との真ん中にあるから「ちゅうきょう」だと知り、無知が1つ減りました。

では、どうしてコチラは「音読み」じゃないのかと由来を調べてみました。
「上京区」と「下京区」から合併。
田舎っぺいの私は仕方なく納得しながら、スピリチュアルな存在からのメッセージに気づきました。

中京区は、「京都の真ん中」といわれていました。
そして、その由来が通称「六角堂」と呼ばれる頂法寺にある『へそ石』であることは、京都に住んでいる方ならば誰でも知っているらしいことも分かりました。

ところが、こんな状況の私が後に奇跡を起こします。


⭐️奇跡のオジサン❓
小学校の修学旅行で見学していたことを薄っすらと思い出すと同時に、絶対に「へそ石」なんて気にしてなかったことだけはハッキリ覚えているオジサンは、「後悔、先に立たず」という言葉ではなく、『へそ石』の由来をネットで調べてみました。

すると、出るわ出るわ、もしかしたら知らなかったのはオジサンだけじゃないのかと思うほど多くの投稿があました。

そのかわり、そんなオジサンだったからでしょうか、逆にある疑問を感じました。

明治10年までは、その『へそ石』は、今の位置より少し南にあって、そこが京都の中心だったらしい。

現在の『へそ石』の位置は、京都の中心から微妙にずれているらしい。

あとは、これに関係する詳しい情報がたくさん見つかりましたが、どの投稿記事も、私の疑問から違う方向へ離れていく内容ばかりだったことに驚きました。

どの投稿も「初めに、中心からズレた説ありき」で、掘り下げ方も「聖徳太子」や「発掘調査」、「藤原道長の記録」などはあっても、誰ひとり触れていないことがありました。

それは、逆からみると「京都の中心」が元々の位置である「六角通」ありきになってしまうという問題でした。
本当にそうなのでしょうか?

私の思い込みであるかどうかをネットで調べ直してみましたが、やはり誰も疑っていないようでした。

すべての答えを知っている私は、「平安京」より『へそ石』の方が歴史が古い、というネットの情報に注目しました。
そして、なぜ誰も疑問を感じないのかを考えてみました。


⭐️どうした平安京❓

「平安京」の中心は、現在の「六角通」になるように設計されたと、世間では思われているのでしょうか。

または、当時の測量技術では多少の誤差であり、問題にならない許容範囲のことだと、世間では思われているのでしょうか。

仮に、このようなアバウトな感覚で見てしまっているとすれば、私が最も気になった別の疑問に対しても結果は同じなのでしょうか?
その疑問とは、南北に走る「千本通」から東方向にズレていることでした。

『へそ石』が先で、「平安京」が後から設計されたと仮定した場合、全体の広さから考えれば、これも多少の誤差か、測量技術の低さだったと、世間では思われているのでしょうか。

すべての答えを知っているオジサンは、次に『へそ石』が置かれている「六角堂」という名前の由来について調べてみました。

すると、その由来であるらしい「本堂の屋根の形」について、歴史的な情報をいくつも知ることができましたが、共通する理由は「六角形」というカタチでした。

ただ、ネットで調べて不思議だったのは、この「六角形」と「京都の中心」との関係について、実は、大きなヒントであるにもかかわらず誰も指摘していないことでした。

ということで、いよいよ新情報に関する話に入っていきます。


⭐️「六角堂」の暗号
これも新情報の一つですが、私は、いつもの大きな地図を広げて確かめてみたのです。
その地図には「ダ・ヴィンチコード」を使って作図した何本もの直線が描き込まれていて、複雑な図形を描いていました。

オジサンはルーペを覗き込み、見つけた「六角堂」の位置に赤ペンで印をつけました。
そして、今度は少し離れて全体との関係を確かめてみると、名前の由来はすぐに理解できました。


今回の『有料特典』は、
(たぶん)世界初の情報である、「私が、ダ・ヴィンチコードの作図とその赤い印との関係を確かめてみて気づいた、『六角堂』の名前の由来とは何だったのか?」その答えを明かします。


⭐️【あとがき】

この記事を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。

(追伸)

まさに、「情けは人の為ならず」でした。
今回の『へそ石』についての検証作業のお陰で、「平安京」というものが完璧な計算の元に設計されていたことを再確認できました。

その『へそ石』は、「平安京」の設計図において、完璧な計算の元に正確な場所に置いてあったのです。
という話は置いておいて

実は、このズレというのは、京都という街に隠された秘密を解き明かすための「重要なカギ」であることを教えていたのです。
オジサンは、そのことにも気づきました。

そして、同じような証拠を残してしまった人物がいたことを思い出しました。
それは、平安時代に比べればズッと最近の人物である、あの「太閤さん」の『御土居』でした。

「六角堂」のズレと、『御土居』に共通する秘密とは何なのか?
次回は、私にとっても新情報であった『御土居』の秘密から書いてみようと思います。


さて、今回の物語はここで一旦終わりを告げ、また新たな冒険が始まりますが、ご安心下さい。
この冒険の未来に存在する現在の私(momox358)は、これが最終的に奇跡のハッピーエンドを迎えるノンフィクションであることを知っています。
よろしければ、この冒険で私が体験していくスピリチュアルな旅に引き続きお付き合いいただき、次回作でさらに明らかになる秘密に、どうぞご期待ください。


⭐️ 有料特典について

※ この有料特典は期間限定の公開とさせていただく予定です。
告知なく掲載を終了する可能性もありますのでご了承ください。

記事の最後に、その「リンク先」と「キーワード」を添付しておきます。
そして、もう一度「今回の話」をこの『答え』に照らし合わせてお読みいただくことで、より深く内容を理解することができると思います。

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