日陰に咲くシャガとオトシブミのゆりかごの行方
夕方の雨予報までに帰ればいいか。
何より山で本を読むのも一興だろう。
「私はやれる。この筋肉ならやれる」
深煎りのコーヒーを飲みながら、窓から差し込む光の筋をみて、日課の呟きを終えた。
筋。筋肉。筋書きのないドラマ。筋トレ。
「筋」今年一番使いそうな漢字だ。
とか、思考巡らすのが40の嗜みである。
往復10キロのハイキングは、私に何をもたらすのか、1人で自然に入り何を思うのか。私は私であるために私のための行動をする。
などと哲学的な事とは無縁だ。
目指せ蟲。そう、今回は蟲である。
季節の変わり目は、蟲達も一斉に行動し始める。
私の新緑の狙いは、ブラブラ可愛い糸をおろしながら揺れているイモムシ達である。
山に入りイモムシを立て続けにゲットする。
幸先がいい。幸先、幸せの先。なんて言葉だ。
『この先に 何が待ってる このお山』
という、最高の川柳が出来て気分は上々だった。
「何かの研究ですか?」
山に入り、最初に挨拶を交わした老人に話し掛けられた。
「こんにちは。確か三度目くらいのこんにちはですね」
私は、努めて優しく返事した。
思えば、この人を何度抜かしたのだろうか。
抜かしては、蟲を撮影し、抜かしては、蟲を撮影し、また抜かされる。
私は、その都度人見知りからくる「こんにちは」しか言えなかったのである。
老人は、察してか、ついに話題を振ってきた。
(私、山でなら喋れるんです。ほんとです。コニシさんも山でなら誰とでも喋れると思います)
って言っていた知り合いの山ガールの言葉が脳裏に物凄く響いた。
(何にも面白い事浮かばねぇじゃねぇか)
心で山ガールを罵り、四苦八苦しながら、ゆっくりと立ち上がり振り返った。
「研究。ええ。ある意味ではそうです」
どっかの台詞みたいな言葉が、自分の口から本当に発せられた事に動揺を隠せず顔を赤らめた。
老人は、少しも疑わず、寧ろ私の言葉など始めから興味がないように自分の話をし始めた。
「私も、生き物や植物を見に山に入っています。あなたは、先程から立ち止まっている時間の方が長いくらいだ。一緒に登りませんか」
えっ?嫌だ。1人で蟲を愛でたい。ナンパされるなら街がいい。私は金輪際、山で山ガールを求める事はやめようと思った。
「ええ。いいですね。知識を拝借いただければ楽しいですね」
実際の私は、こんなもんである。
老人は、ゆっくりと山について話し始めた。
私は、聞き流しの芸術性というものの評価があるのなら一流の聞き流しをしたと思う。
一流の聞き流しをしながら地面に落ちていた「オトシブミのゆりかご(揺籃)」を見つけた。
撮影したい。でも、何か喋ってる。言えない。
場所を記憶しろ。私は、聞き流しながら場所を記憶するという難易度高の技を繰り出した。
オトシブミ。昔の人が恋文をそっと落として意中の人に拾ってもらう事を願って落としていた手紙である。そのゆりかご(揺籃)の形が「落し文」に似ている事から由来がきている。
尚、幼虫は、ゆりかごの葉っぱを食べて成長する。
ということは、私が見つけたそれは、卵か幼虫がいっぱい居たことになる。悔しい。
しばらく歩いていると、オトシブミの成虫の アシナガオトシブミ を発見した。
「あ、こんなとこに可愛いやついますよ。ちょっと撮影していいですか」
何とか言えた私は、写真撮影に成功する。
「さっきオトシブミのゆりかご落ちてましたね」
老人は、急に知識を披露した。
えっ。知ってたの?なんなん。
「オトシブミの由来は~」
ええ。教えてくれてありがたいです。少し前に教えられた通り自分の知識として、まんまここで記事使用しました。
なんだかんだ言いつつも、老人のお話は楽しく、物知りで、嫌ではなくなってきていた。
私は、珍しくキレイに咲いているお花に目がいった。
「ちょっと撮影していいですか?このお花キレイなんで。先生このお花知ってます?」
この頃には、出会って20分ぐらい経過していたので私は老人の生徒になっていた。
先生役の老人は無駄にちょっとタメてから答えた。
「シャガです。外来ですがキレイに咲きますね。日陰でもキレイに咲くのです。そこから来た花言葉があります。『反抗』や『決心』です。強さから来てるのかもしれませんね」
私は、先生を見直した。
「先生、花言葉は一つではないのですか?」
先生は、それには答えずに
「このお花には、『友人が多い』っていう花言葉もあります。群生して咲くからかも知れませんね。一つの意味より、多くの考え方がある方が人も花も嬉しいでしょう?あなたがこの花に惹かれたのは意味があるかも知れません」
私は、先生の生徒で良かったと心から思った。
分かれ道が来た。先生は、私と違う方向へ行くという。
「少しの間でしたが、お世話になりました」
ご丁寧に挨拶された。私は、ビックリして
「こちらこそお世話いたしまして」と
お世話したことを伝えてしまった。
記憶していたオトシブミの場所を忘れる事にした。オトシブミは、開かない方がロマンかも知れない。
ハイキングは、ハイキングでいい。
私は撮影せずに下山した。
家に帰り今日の出来事を振り返り、少しニヤニヤしながら、シャガを調べた。
もう一つ花言葉が存在した。
なんのはなしですか
「私を認めて」
先生。私、頑張ります。あなたに認めてもらうまで。
こちらがイモムシ達のお名前。
お名前は、あの孤高のnote蟲エッセイスト
アサミサガシムシ先生が教えてくれました。
彼女は、イマドコで蟲と出会っているのだろうか。
蟲仲間募集虫です🐛
より身近なものに物語を。
連載コラム「木ノ子のこの子」vol.4
著コニシ 木ノ子(下山に笑う膝)
自分に何が書けるか、何を求めているか、探している途中ですが、サポートいただいたお気持ちは、忘れずに活かしたいと思っています。