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悲しい鹿

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同性愛者としての自分を自覚しながらも、それを想い人「綾香」に伝えられない「私」。 それでも勇気を出して一歩進んだ矢先、彼女は忽然と姿を消してしまう。 存在意義を失う「私」は、同じ… もっと読む
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記事一覧

夜明【最終話】

 多くの事が私の青春時代に押し寄せていたのを思い出す。初恋が同性の人。後に好きになった人も同性で。そしてその人は行方不明になり、結局私を置いて逝ってしまった。でも、私は寄り掛かれる人がいたから、それでも幸せに再び立ち上がることができた。このまま倒れたままでいたかもしれないのだ。そう考えると、私の青春時代は、ある意味で「人生とは価値あるもの」として認識させてもらういい時代だったのかもしれない。
 そ

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悲しみに勝つ祈り【第十九話】

 いつしか人は立ち直るときが来るのだろうか。色々なことで人は立ち止まるけど、その度になんとか立ち上がり再び歩き出そうとする。またどこかで立ち止まるかもしれないが、それでもまた立ち上がるのだ。人間はそうしてしつこく止まって歩いてを繰り返す。
 その時に、誰かが側にいるというのはとても心強いもので、杖の役割をしてくれるのだ。止まろうとしたら声をかけ、止まったら背中を押してくれる。そんな存在を誰しもが探

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雨降りの東京。夕陽は未だ差さず【第十八話】



2016年 12月7日

東京



 秋も過ぎ、忍び寄る殺意のように本格的な冬が迫っている。暖冬で雪が降らないのだが、カレンダーは容赦なく十二月だったし、誰がなんと言おうとそうなのだろう。私は今月が実は十一月なんだとか五月なんだとか思うのはいつの日かやめた。思うと思わずに関わらず、時は前にしか進まないからだ。
 私にはとにかく思案する時間があり、心の休養を落ち着ける時間もあった。ゆっくり

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彼方の彼女はわたしの夢で涙を流す【第十七話】



2016年 11月8日

東京



 夏に綾香と再会し、そして東京に戻った2ヶ月前から、私はいつにも増して彼女の夢を見るようになった。
 夢の中ではいつも私の為に綾香は涙を流し嗚咽を漏らし、私はその姿を追い求めて真っ暗で人一人いない地元の街中を果てしなく駆け回る。いつも姿は見えないし、声の出どころを見つけることすらできない。
 次第に街は闇が濃くなり、その闇の中に取り込まれてしまうんじゃ

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帰省のおわり【第十六話】



2016年 9月2日

地元〜東京



 8月も過ぎ、ゆっくりとした秋の足音が聞こえてくるのは私だけではなかろう。流石に紅葉や落ち葉がという季節ではないが、8月が終わったという既成事実そのものが、秋の薄ら寂しい気分を演出しているのだ。
 私も今日、実家をあとにして東京へ帰る。先輩は半月程の滞在期間でしっかりと私の両親に気に入られ、このままでは本当に私の婿となりかねない様相を呈し、私は毎日

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分水嶺【第十五話】



2016年 8月21日



「私がエイズに気づいたのは、たしか小学校の3年生の頃だったかしら。原因は母子感染だった。薬害エイズ事件って知ってる?80年代の終わりにあった、血友病の治療に使われる非加熱製剤による感染事件なんだけど、母さんが血友病でね。それでエイズに感染したの。今では血友病の治療には加熱製剤が使われてるから心配はないけれど、昔はエイズそのものの認知度が低かったのかもね。私も危

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告白と真実【第十四話】



2016年 8月20日

実家



 お盆も過ぎ、いよいよ手の空いた夏季休暇となっていく。家族がお盆で13日から14日の家を開ける間だけ、先輩は駅前のホテルに戻り、私達が帰宅するのに合わせて先輩も戻ってきた。
 気を使わせると言ってホテル泊に戻ると言っていた先輩だが、両親が彼を気に入ってしまい、無理矢理にでも家へ連れ帰ってしまった。息子が欲しかった父は特に彼を気に入り、毎晩、晩酌に付き合

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残された手紙【第十三話】



2016年 8月12日

実家



『誰も知りえない井戸の底の様な場所に、いつも私はいた。
いきなりこんな話から始めてごめんなさい。でもこれはナチス・ドイツのホロコーストの様に変えられない事実であり、まずあなたに知っておいて欲しい事だから。
逃れようのない事実というものはとても冷酷になれるもので、忍び寄る足音は耳の中で大工仕事をしているのではないかと思う程にいつも鳴り響いていた。頭を叩き

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手紙【第十一話】



2016年 8月11日

東京〜地元



「お前何買う?」
「私はいいですよ、まだお腹空いてないし」
「いずれ減るよ。先に買っとけよ」
「いいですってば。お茶だけ買っときますよ」
「奢るぞ」
「じゃあこれの高いやつで」
「…」
 私は新杵屋の牛肉どまん中を手に取って、先輩に渡した。

 朝の6時半、名古屋経由の新幹線に乗る。夏季休暇とお盆前期間に入り、旅行や帰省らしき人がいるが、若干時期

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回想Ⅱ【第十話】

回想Ⅱ【第十話】



○年○月○日

地元



 好きでもない事をするのは、とても苦痛だ。自分から行っている分、強要よりたちが悪い。
 なんの事かと問われれば、それは授業を受ける事にほかならない。そもそもこの学校自体が私の第一志望ではないし、何をすることもないのだ。ただ高校は卒業したという人としての最低条件を身に付ける為だけの高校生活だった。
 それでも、一年の時とは大きく違うことがある。それは今私の隣で真面

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逆回りの時計【第九話】

 私は自分の失いつつある何かに怯えることがある。何かが何かは不明だが、とりあえずそれは何かだ。錨を下ろし忘れた船舶のように波にさらわれてしまいそうだ。ならば錨をとりあえず下ろせばいい。もっと的確に言えば、私が自分自身に自己紹介をして自分自身を再確認をする。そうすれば少なくともこれ以上自分自身を見失うことはないかもしれない。
 
 ただ、私は自己紹介というものがあまり好きではない。人前に出ると緊張す

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ある日の日常と「私」【第八話】



2016年 7月17日

東京 自宅



 暑い、とにかく暑い。特に裕福ではない私は、とにかくエアコンはつけまいとしていたが、雨が降って湿度がとにかく高い今日に限っては流石に誘惑に負けそうだった。外は無遠慮な雨音が窓を叩き、外出すら許さない。3連休の中日でそもそも外に出る気力もないので、今日は家で過ごすと決めているのだが、これだけサウナのような状態になるとは思ってもみなかった。
 湿度と

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Sanctuary 【第七話】



2016年 7月15日

東京



 確かに私には大学講義が終わってからの用事はない。だがそれが先輩と行動を共にする理由にはなりえないと思っていた。
 いつも思うのだが何故かこの人は私によく絡む。彼がゲイだと知る前からそうなのだが、最初は私に気があるのではないかと考えたこともある。だけれど、私にはその気はない。あったところで私は男に興味はない。もしかしたら同類と思われているのかもしれない

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レゾンデートル 【第六話】



2016年 6月21日

東京 【Libera】〜自宅



 私は今、私というものを見失いかけている。そんな私がレゾンデートルについて詳しく話すというのは、車屋に魚のさばき方を教えるほど意味のないことだ。そういった状況下では存在価値の意味をなすレゾンデートルも、その意味を失してしまう。そしてさらに言うと、本来の学生としての私の本分でもある経済を学ぶことも、今の状況ではそもそも意味がないと

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