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妻・由理の闘病記

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妻の三回忌を終えて。

妻の三回忌を終えて。

2023年9月23日(土)

妻の三回忌を執り行った。
普段は朝に弱く早起きとは縁遠い生活をしているが、この日は5時半に目が覚めた。
緊張していたのだろうか。

闘病記を書ききった状態で三回忌に臨んだ。
これを書き切る前でも後でも、それぞれの作用があったのだと思う。
妻の生と死を自分事として捉え、その闘病記を私の視点で私のために書き切るということを私自身の役割として据えていた。

良いもの、悪いも

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その生を全うする。

その生を全うする。

前記事に書けていなかったが、2021年9月25日(土)は妻が通うギター教室の仲間たちが集まってくれた。
あまりのショックに記憶から抜けてしまっていたが、思い出したので追記する。

プロのクラッシックギタリストとして活躍している方が、妻のために演奏をしに来てくれた。

妻自身、会うのは久々だったようだが、妻からはよく尊敬していると話を聞いていたので私も本人にお会いできて嬉しかった。

優しい音色に妻

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限界のありがとう。

限界のありがとう。

2021年9月25日(土)

先生から言われた山を、今夜は越せた。

せん妄の症状が出ている妻を直視するのは、最初は苦しかった。
頬も明らかに痩けてしまい、げっそりとしていた。
全然食べられていないから当然だ。

寝ていたかと思うと、時折その細い腕を上げて何かを掴もうとする。
「ああ、また夢見てた。ははは。」
乾いた笑いと共にまた眠る。

目は開けていてもほとんど見えていないようだった。
前日まで

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鎮めるということ。

鎮めるということ。

2021年9月23日(木・祝)続き

妻の身体には限界がきていた。
とうに来ていた限界の最大値を更に超えていたのだ。

もう頑張らせたくない。
これ以上頑張らせてはいけない。
本人がもういいと言ったのだから。
我々は妻のその決断に添い遂げることになった。

2021年9月24日(金)

この日はたしか、朝から訪問看護師さんが来てくれた。

このnoteではあまり触れられていないが、もうかれこれ一年

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曲げずに添い遂げよう。

曲げずに添い遂げよう。

2021年9月22日(水)

この日は妻の親友・Hちゃんのはからいで、妻の高校時代の友達とオンラインで会うことになっていた。

それなのにお昼頃にHちゃんが直接妻に会いに来てくれた。
本人が無理していないかを自分の目で確認したかったようだ。
責任感の強いHちゃんの思いやりに頭が下がる。
それに加え、前回訪問してくれた時は前夜に飲んだ睡眠薬の影響でうつらうつらしていたので、「もしこれが最後になってし

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星のように。

星のように。

2021年9月20日(月・祝)三連休の最終日。
前日の夜にあった会話は夢だったのだろうか。
そう思うほどに、あっさりとした朝だった。

この日は朝から宅配便が届いた。

依頼主は長野の農場へ住み込みで働きに行っている友達だった。
先日会いに来てくれた親友が状況を伝えてくれていたようで、それを聞いて気を利かせて新鮮な野菜を送ってくれたのだ。

スムージー作りを継続していたので、この立派なケールには興

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妻の人生が私の一部になった。

妻の人生が私の一部になった。

2021年9月19日(日)

前回の記事の翌日。
前職の妻の同期たちが遊びに来てくれた。

この日の妻は調子が良さそうに見えた。

毎度のことながら、妻は悟ったように、自分がいくらも余命がないことを感じさせない謙虚さで振る舞っていた。

冗談を言い合える同年代の仲間と会えて、妻は力をもらえたようだ。

最後まで湿っぽくならず、またねと言ってこの日の挨拶は終わった。

みんなわざわざ来てくれて優しい

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人生の象徴のような時間。

人生の象徴のような時間。

妻の病状は日毎に悪くなっていた。
そう遠くない未来にその時が訪れてしまうのではないかという空気に包まれていた。

しかし本人はなかなか弱音を吐かない。
周りの私たちはただ出来ることをやった。

熱のある状態が続き、止まらない下痢に苦しみ、膀胱に転移したがんの進行の影響か尿は出づらい。
通院が終わった今、がんの進行を細胞レベルで見ることは出来ないが、確実に進行してしまっていることを状況が物語っていた

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会いたい人には会えるうちに。

会いたい人には会えるうちに。

この頃から仕事でトラブルがあり、激務がはじまった。
リーダーとして初めてのミッション。
乗り越えるしかないけど乗り越えるには相応のダメージを負うことが約束されていた。

前にも書いたが家族を含めて正常な判断ができない状態に突入していた。
一種の躁状態に入ったまま、仕事と妻の闘病を見守る生活を送っていた。

妻の病状は明らかに悪くなっていた。
痛み止めの量が足りず、うまく寝られない日もあった。

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ラストレッスン。

ラストレッスン。

2021年9月8日(水)

余命宣告を受け、妻は友人への連絡以外にもやりたいことを叶えるために動いていた。

がん闘病が始まってから行けていなかった、ギター教室のレッスンを最後に受けたいという強い希望があった。

妻は大学生時代から、渋谷にある個人経営のクラシックギター教室に通っている。
それからずっとそのクラシックギター教室の先生に師事していた。

クラシックギター教室の発表会や、教室内で組んだ

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愛のかたち。

愛のかたち。

2021年9月1日(水)

新生活がはじまってすぐに9月が訪れた。

入院中に妻からも私からも親しい人に会いに来てくれないかと連絡をしていた。
ありがたいことに調整はすぐに進み、まっさらだったスケジュールのパズルは思いの外うまく嵌った。
おかげで9月の毎週末のカレンダーはぎっしり埋まっていた。

「休みの日なのにありがとう。忙しくなるけどよろしくね。あんまり気遣わなくていいからね。」といちいちお礼

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新居に妻が帰ってきた。

新居に妻が帰ってきた。

2021年8月末2021年8月30日(月)

無事自宅療養チームが決まり、この日に妻は退院することになった。
疾うに匙を投げられていても仕方のない状態であった妻。
その原発を突き止めるために、呼吸器科から産婦人科へ掛け合ってくれた先生。
そしてその無理難題へ本気で向き合ってくれた産婦人科の先生。
そして、最期に苦しまないで済むよう、痛みを取ることを引き受けてくれた訪問医療の先生。
信頼のバトンが繋

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気持ちを固める。

気持ちを固める。

2021年8月後半2021年8月21日(土)

妻は朝から痛みがあるようだった。
少し前から話していた、坐骨神経痛のような痛み。
これもがんの進行によるものらしい。
骨に転移したがんが蝕み、骨が弱くなってしまっているようだ。

骨への直接的な痛みは妻の体力を奪うには十分だった。
この頃から少し元気がなくなってきてしまった気がしている。

余命宣告から日も浅い。
無理もないだろう。

この日は午前中

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まだ、やることがある。

まだ、やることがある。

2021年8月中旬2021年8月14日(土)

引っ越しが無事終わった。
妻の入院中に済ませられたのはグッドポイント。
お互い気を遣わずに済んだ。

妻がなるべく快適に過ごせるように、かつ、週明けの仕事に支障をきたさないように、初日から段ボールを潰しまくる。

脚付きマットレスベッドを2台組み立てると、余裕を感じていた寝室も狭く見えた。
クローゼットに広さがある部屋にしてよかった。

ひとり、新居

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