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ザワザワしたりモヤモヤしたりチクチクしたり

心は、自分の感情を偽った時、様々なサインを発します。

「慌ててなんか無いさ、結局オレは自信があるんだよ」

自信が無くて、内心、不安に押しつぶされそうなのに、強がって見せます。
そんな時、ザワザワします。

「わかりました、明日までには仕上げておきます」

上司から資料を作る様に言われ、やり残した仕事が山積みで、仕上げる見通しが立たないのに、余裕があるかの様に振る舞います。 
そしてソワソワします。


「アナタの成功が、自分の事くらい嬉しいわ、本当におめでとう」

本当は、好きでもない相手だけど、周りも祝福しているし、言葉はタダだから、と乗っかります。
ちょっとチクチクします。


誰にも本音と建て前はありますし、ついつい強がったり、良い人と思われたい、という気持ちだって有る、と思います。

また、本心を隠すことで相手を傷つけない様にする場面だって沢山あります。

しかし、あまりにも本当の感情と表立つ表現に開きがあり、またそれが頻繁だと、心は疲弊します。

だから、心が発するザワザワやモヤモヤ、チクチクといった信号をキャッチすることは大切です。

心の中に、確かな【自分】という意識、が育っている人は、

心の発する信号をキャッチする事が上手です。

心の中に【自分】が育っている人は、自分の感情を曲げたり、蔑ろにする必要が無い環境で育った人です。

だから、心が発する信号を取り逃す事がありません。

ザワザワ、ソワソワ、チクチクが頻発しない様に努めますし、
頻発して、心が疲れたなら、リフレッシュを心がけて、
【自分】を見失わない様にします。

勿論、意識して心を守るというよりも、
疲れたら休む、放電したら充電する、という当たり前のことを、自然とやっています。


誰しも強がりたい気持ちは有るし、他人から良く思われたい、と言いました。

心に【自分】が育っていないと、自分とはこういう人間だ、という自己像が確立していませんから、

強くありたい、良い人と思われたい、という願望と、未確立な自己像が混ざり合ってしまいます。

つまり、強い様な、弱い様な、良い人である様な、そうでは無い様な、そんな曖昧模糊とした自己像しかありません。

自己像が未確立で、願望がある時、自己像は願望と混ざり合って、そして呑み込まれます。

つまり、心の中の【自分】が育っていない人は、強がっている時は、強い様な気がしているし、良い人でありたい時は、良い人である様な気がしている、ということです。

以前、同級生で刑事をしている友人から、「劇画から抜け出して来た様な強面な人物ほど、崩れるのが早く、自供し易い」と聞いたことがあります。

その真偽は分かりませんが、自己像が無いと願望に呑まれ易く、願望がポッキリ折れたなら、それまでの姿は見る影も無くなることも有るかも知れない、と個人的には思いました。


願望に呑まれて、強かったり、良い人だったりした人が、
ポッキリ折れて、別人の様に変わることを、日常的に繰り返したら、

周囲からは、場当たり的で信用が置けない人、と思われます。


おそらくその人は、感情を曲げて、蔑ろにしなくてはならない環境に育ったのだと思います。

心の中に【自分】は育たず、自分が無いから、心が発する信号に気がつくことが難しく、

本音と建て前の区別すら付きづらいのです。


感情に蓋をする環境を生き抜いた人は、

心の中の、確かな【自分】という意識、が育っていません。

育ってはいませんが、【自分】は無くなった訳ではありません。

固く小さく縮こまっています。

心が発する信号を、耳を澄ませて聞いて欲しく思います。

微かなザワザワやモヤモヤ、僅かなチクチクを、

意識的にすくい上げることが、

【自分】を育て直す、

第一歩目だと思っています。


読んで頂いてありがとうございます。
感謝致します。


伴走者ノゾム


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