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人生で1番辛かったときの話【1話】


この記事の閲覧者に質問がある

"人生で死にたいと本気で思ったことはあるだろうか?"

私は、こう思ってしまう自分がとても嫌でいつも何事もなかったかのように振る舞ってしまう人間である

高校の時に本当に死にたいと思った事があった。

3年間ずっと思い続けた。

でも死ななかった。いや、死ねなかったのだ。

親に泣きながら殺してほしいとお願いした事もあったし剃刀で手首や太ももを切ったこともあった。

なぜそのような精神状態に陥ったのか。

それは高校1年生の時だった。

私は県内でも2校しかない特別学科のある高校へ入学した。学年で7クラスあり、そのうち1クラスだけ特別学科。その学科はは(ほぼ)女子のみで、40人中1人だけ男子のいるクラスだった。

当時、東日本大震災が起きた年だった為、約2ヶ月遅れ且つ、体育館の使用ができず1クラスを二つに分け教室での入学式だった。

可愛い制服に新品のローファー、憧れのリュック。これからキラキラした毎日が始まるだろうと思っていたが、そうはいかなかった。

登校してすぐ、席順で近かった女の子6人のグループができ、その中には唯一同じ中学だった幼稚園からの幼馴染もいた。

6人グループの紹介をしよう。

幼馴染S:男子部マネージャー/かなりの性悪
Yちゃん:Sと同じく男子部マネージャー/気が弱い
Iちゃん:お姉さん的存在/流されやすい
Kちゃん:気分屋で強気/SとYの部活に彼氏がいる
Aちゃん:1番気が強い,後に自主退学する


毎日一緒に過ごしていたが、何が気に食わなかったのかグループの中のYちゃんが省かれるようになった。

偽善者だと思われるかもしれないが、そんな状況が嫌だった為わたしはYと2人でいるようになった。

毎日Yが泣いている姿も見ていた。自分がされているようですごく嫌な気持ちになった。

私の幼馴染Sをはじめとしたグループの女子は、結構気が強い子たちが集まっていることもわかっていた。

少女漫画でよくあるパターンがこの後にすぐ起きた。

そう、ターゲットは私に変わるのである。

私に矛先が向けられてから、最初に省かれていたYちゃんは当たり前かのようにグループに再び戻っていた。誰も私の味方にはなってくれなかった。

わたしも強がって人に相談しなかったし、平気だと思い込んでいた。クラスに味方がいなくても、わたしには部活動があったから。

当時、男子の部活のマネージャーをしていた私は休みがなく毎日授業が終わると部活へ急いでいた。そこしか私の居場所はなかったのである。どんなにクラスで小さくいても、部活に行けば羽が伸ばせる。私の心の重荷は軽くなる。

部員がいてくれて、同じマネージャーがいてくれる。先生は怖かったが、仲間がいたから救われていた部分があった。

しかし、グループでの私の扱いはどんどん悪化していく。幼馴染が八方美人を働かせるのである。


家庭科の授業中、裁縫室にてグループ内で1番気の強かったAちゃんに『話し合いするから来てくんない?』と呼び出しをくらうのである。

5対1の話し合い。話し合いという名の貶され大会。

内容は私がグループの女の子の悪口を言っているという話。当時私には相談できるような人はいなかったが、どうやら幼馴染のSが私から悪口を聞いたとみんなに話したらしい。

私がどんなに否定をしようとも、みんなは信じてはくれない。その時初めて、ボロボロ泣いた。先生も気付いていたはずなのに、何もしてくれなかった。

みんなの前で泣く事が情けなくて悔しくて堪らなかった。その日から本当に毎日が憂鬱で、学校へ行くと体調を崩したり嘔吐したり、脈が速くなって呼吸が荒くなったりする事が多くなった。

そしてわたしは毎日学校へ遅れて行くような生活になったのである。

わたしの部活は全国大会を目指していた為、休むことはほぼできなかった。


だから学校を休むことはあまりできなく、5.6時間目だけ授業を受けて部活へ行っていた。当時顧問の先生もわたしには尋ねてこなかったが、遅刻のことやクラスの事は知っていたと思う。

そして、そんなわたしに追い討ちをかけるような嫌がらせが次々と起こるのである。



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