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深夜のシティポップ

 バーの壁に浮かぶ二つのシルエット。カウンターの真上のライトに淡く照らし出された二人。僕らはまるでホッパーの絵の登場人物のようだ。密会。情事。甘い蜜。自動筆記のタイプライターが二人の秘密を暴き出す。

「今夜は絶対君とこの店に来たかったのさ」

 僕は隣の彼女の耳元で囁く。ティファニーのネックレスが触れそうなほどの距離。だけどここじゃメインディッシュは食べられないぜ。

「確かにいい雰囲気のバーじゃない。でもそれだけだったら、わざわざ私を誘わないよね。多分とっておきってのがあるんでしょ?」

「ご名答」と僕は答え、そしてカウンターの向こうのマスターに向かって軽く笑う。マスターは僕の含み笑いに同じように笑って応える。

「あなたたち、お互いに笑ってどういうつもり?まさか銀行強盗でも考えてるの?」

 彼女のシャレの効いたアメリカンジョークに苦笑する僕とマスター。まるでハリウッドのB級ギャング映画のようだ。

「いやいや滅相もない。我々にそんな大胆なことができるはずもない。お客さん、あなたが彼女に話してやってくださいよ」

 照れてこちらに話をふるマスター。そう、元々彼は共犯にすぎない。この甘い犯罪の主犯は僕なんだから。「ねえ、話してよ」なんて僕に自供を促す美貌の刑事の彼女。その瞳に口だけじゃなくて履いているズボンだって滑ってしまいそうさ。

「全く君の勘はポワロ警部かホームズ並みだよ。もうちょっと引き延ばせると思っていたのにこんなにも早く僕の犯罪に気づくとはね」

「もったい振らないで教えて。あなたは私にどんな犯罪を仕掛けるつもりなの」

 ダイレクトに切り込んでくる名警部。もう僕は陥落寸前さ。

「じゃあ言うさ。このバーは昔ジャズバーだったのさ。今はただのバーになってるけど、元々がジャズバーなんだから当然音響もしっかりしている。レコードなんてかけたらムードバッチリさ。わかるかい?」

「あなたの企みが全てわかったわ。だけどおあいにく様。そんな小賢しい企みで私が落とせると思っているの?」

「思っているとしたら?」

 僕の挑発を聞いてあからさまに動揺する彼女。真夜中のドアの前のクールビューティー。逃げようとしたってもう遅いさ。プラスティック・ラブ。これでチェックメイトだ。

「僕のカバンにKIYOSHI YAMAKAWAの『アドヴェンチャーが入っているんだ。それを今からマスターにかけてもらう。君もKIYOSHI YAMAKAWAを知っているだろ?」

 KIYOSHI YAMAKAWAの名を出されていきなり目を輝かせる彼女。彼女はハードコアはKIYOSHI YAMAKAWAのファンだった。それは彼女の素行調査をしてすぐにわかった事。君が全身に秘密のベールを纏おうが僕には骨盤までスケスケさ。

「知ってるどころじゃないわ!私がどれだけKIYOSHI YAMAKAWAが好きなのかわかってるの?でも、まさかあなたがKIYOSHI YAMAKAWAのレコードを持っているなんて。信じられない!あのレコードはもうレア盤中のレア盤でオークションで百万近くするのよ!そんなレコードをあなたが……」

「君のために買ったって言ったらどうする?」

 僕は勝利の微笑みを彼女に向ける。歓喜の表情の彼女。潤んだ目で僕を見る。だけど彼女は我に返って最後の虚しい抵抗を試みる。

「で、でも現物見ないと信用できないわ。KIYOSHI YAMAKAWAの偽物もいるっていうじゃない。その偽物には有名人だってたくさん騙されているのよ。ねぇ、今すぐここにレコード出してよ。もし、タイトルがアヴァンチュール・ナイトとかだったら婦女暴行であなたを訴えるわ!」

 そうくるだろうと思って僕は開けてあったカバンからすぐにKIYOSHI YAMAKAWAの『アドヴェンチャー・ナイト』を取り出した。ビニール入りのヴィンテージの未開封盤。百万出して買ったやつさ。彼女は僕からレコードを受け取って目を潤ませてそれを見る。そして遠慮がちに僕を見てビニールを開けていいかと恐々と僕を覗く。

 僕が頷くと彼女は一瞬で名警部になってレコードのビニールを破り念入りに中身をチェックする。帯の文句も問題なし。ジャケットのスペルも問題なし。レコード盤のスペルもプレス番号も問題なし。どう見てもKIYOSHI YAMAKAWAの『アドヴェンチャー・ナイト』だ。名警部の彼女は無罪となった僕をうっとりとした目で見つめる。完全にチェックメイトだ。最後はこのショートムービーのエンドロールを流せばいい。エンディングテーマは勿論KIYOSHI YAMAKAWAの『アドヴェンチャー・ナイト』だ。彼女は目を輝かせて僕にレコードを差し出した。

 僕は彼女から返されたレコードをマスターに差し出してあの曲をリクエストする。

「僕らのためにKIYOSHI YAMAKAWAの『アドヴェンチャー・ナイト』をかけてくれ」

 もう時期始まるアドヴェンチャー・ナイトのシルキーな甘い夜の誘惑に包まれて、僕らはバーからシーツの楽園に旅立つだろう。旅立ちの準備は恥ずかしいぐらい出来すぎている。それは彼女も同じだろう。露出した胸元を上気させシーツの雲の間へ飛び込む準備をしている。さぁマスター!僕らのためにかけておくれKIYOSHI YAMAKAWAの『アドヴェンチャー・ナイト』を!

 僕らが旅立とうとした時だった。カウンターの奥からZ級に酷いゴミだめの演歌か歌謡曲もどきの酷いイントロが流れたと思ったら続けてそれよりも輪をかけて酷い歌が耳に襲いかかってきた。

「ああ!アヴァンチュール・ナイトぉ〜🎵ワワワワ〜🎵熱海の夜はぁ〜🎵ワワワワ〜🎵」

 彼女はこの酷い歌に大激怒していきなり僕を回し蹴りした!そしてアドヴェンチャー・ナイトのレコードジャケットで僕の顔を何度も叩き、そして出てゆく前にこう言い放った。

「さっき言った通り婦女暴行で訴えてやるわ!覚悟しなさいよ!」

 彼女がいなくなった後僕は憐れみの目で自分を見下ろすマスターからレコードを受け取った。レコードはさっき彼女と一緒に確認したようにすべてKIYOSHI YAMAKAWAのレコードと一致していた。という事はこれはもしかして音源違いのものなのか!このレコードの中に入っている曲は『アドヴェンチャー・ナイト』じゃなくて『アヴァンチュール・ナイト』なのか?ああ!なんて事だ!彼女に言われるまでもなく偽物には細心の注意を払っていたのに、音源が間違ってるんじゃ確かめようがないじゃないか!僕は怒り狂ってレコードを叩きつけて思いっきり叫んだ。

「お前誰だよ!」

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