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豊臣兄弟!

 清州の城下町でとある猿回しが評判になっていた。その猿回しは芸で猿を兄者と呼び、自らを弟と称して猿の兄に媚びへつらっているのだが、その姿はまるで人間の兄弟にしか見えなかった。その猿のあまりの人間っぷりに被り物でもしているのかと疑った見物人の男が猿をふん捕まえて猿を調べたが、猿はどう見ようと猿以外の何者でもなく、男は哀れにも猿に引っかかれ、他の見物人の嘲笑を浴びた。

 城下町での猿回しの評判を聞きつけた若き城主の織田信長は今すぐにその猿回しと猿を召せと家来に命じた。命を受けた家来はすぐに城下町へと飛び、いくらもしないうちに猿回しと猿を連れて来た。猿回しは城主の信長を前にして緊張しただただ地べたに俯していたが、猿はウキーと鳴きながら縁側の上の信長の元に進み出て懐から草履を出したのである。縁側にいた信長とその家来衆はその草履を見てびっくりした。なんとそれは信長の草履だったからである。家来衆はこの無礼者と地べたに降りて猿回しと猿を捕らえ首を切ろうとしたが、信長はその家来衆に待てと命じ、家来衆の一人が羽交い絞めにしていた猿をじっと見て、そして不敵に笑った。

「こやつ、猿のくせになかなか見どころがある。皆の衆よく聞け。今よりこの猿とそこの猿回しを召し抱える事にする。皆のものよいか!」

 家来衆は信長の言葉にメガテンになった。女神が転生し猿になったなんて訳のわからない事まで口走る者もいた。しかし後に天下人となる織田信長には確信があったのだ。この乱れた天下を平定するには獣の手も借りねばならんと。信長は猿と猿回しに向かって言った。

「今よりお主ら二人を俺の家来にする。そこの猿には藤吉郎、そしてそこの猿回しよ。お前には小十郎と名付けよう。誠心誠意俺に仕えろ」

 新たに小十郎と名付けられた猿回しは信長に諸手を上げて平伏した。猿の藤吉郎もまた同じように平伏するではないか。信長はこの二人を見て大笑し、家来もまた同じように笑ったが、しかし家来たちはいまだ信じられぬ思いであった。まさかこの猿回しと、まして猿なんかと同列に扱われるなんて。

 あたらめて藤吉郎となった猿はこれをきっかけにますます人間の物まねがうまくなり、なんと言葉すら話せるようになってしまった。だがいくら人間の言葉を喋れるといっても所詮は猿。いろんな所で地が出てしまう。そんなときに通訳兼サポート役として小十郎となった猿回しがいた。勿論彼らは他の家来からねたまれた。猿と猿回しがなんで信長様にちやほやされるのか憎い。と彼らは自ら猿回しとなりそこら辺から猿を連れて来て信長に捧げたが、信長はそれらの猿が藤吉郎に遥かに及ばないのをみてがっかりし猿回しにふんした家来と猿を皆殺しにしてしまったのである。

 猿の藤吉郎と猿回しの小十郎はそれから戦で手柄を立てまくり、出世魚の如く名前を変え、この猿の秀吉と猿回しの秀長はあっという間に織田家の重臣たちと肩を並べてしまった。この二人と他の家来衆の連れてきた猿とを分けるものは何かというと、それは頭の良さと戦における野生の勘であった。墨俣の一夜城も秀吉が全国の猿を集めて作らせたものである。籠城も猿に城内の食料を盗ませたから成功したことである。猿のネットワークは完全に猿の秀吉が牛耳っていた。しかし人間方面はさすがに猿の秀吉ではきつかった。そこで猿回しの秀長の出番だった。秀長は秀吉の子分の猿を使って猿回しの芸で他の家来衆を笑わせながら交渉をして利益を勝ち取った。この霊長類と人間のタッグ、いや兄弟はもはや互いなくてして生きていけなかった。ある夜秀長は秀吉に向かって涙ながらに語ったものだ。

「俺は兄者なくして生きていけねえ。あの時柿を盗んだ猿のお前をたたっ切っていたら俺は猿回しにもなれず飢え死にしていたかもしれない。全く運命ってのはわからないぜ」

 それに対して猿の秀吉もウキー!と鳴いて毛づくろいで応えた。

 だが猿もおだてりゃ木に登るの諺にもあるように秀吉はだんだん増長していった。信長の死後に棚ぼた式に天下を取ってからは秀長のしつけさえ拒否するようになってしまった。猿の秀吉はいつまで経っても保護者気取りの秀長を威嚇するようになり、勝手な行動を始めてしまった。太閤検地という全国の柿を徴収した悪法をウキー!鳴いておこなったり、聚楽第での猿の大集会を開催したりもう無茶苦茶であった。だが秀長も負けていなかった。彼は秀吉を抑えられるのは自分だけという信念を持って霊長類でオリバー君には絶対になれない秀吉の代わりにいろんな男をあてがっていた淀殿に頼んで猿の暴走を止めていた。淀殿はあの猿私の乳首ぺろぺろ舐めるのよ。キモすぎるからもうやめたいと駄々をこねてしたが、兄思いの秀長はあえて悪役を演じて「変な真似してかしたらお前さんがやりマンだってことばらすぞ」と脅しまくって無理矢理従わせたのである。

 そんなこんなで猿回しの秀長は猿の秀吉の代わりに天下を何とか回していたが、それは元々ただの農民の子の秀長には到底無理であった。ある日秀長は急に倒れそのままポックリと逝ってしまった。言い伝えでは腹上死だという。淀殿どころか人間の女にまるで相手にされないうっぷんを女に見立てた人形に晴らしていたという。

 秀長の枷がなくなってから猿の秀吉は完全に獣性に目覚めてしまった。ウキー!とわめきながら猿以外の重臣を惨殺し、猿だらけの世界を作らんと日光猿軍団を連れて大陸まで攻め入ったが、もしその光景を秀長が見たらなんと思うだろう。この猿の化け物を育ててしまった事に自責の念を抱くのだろうか。

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