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《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第八回:垂蔵のプレゼント

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 露都はふと昨日絵里がサトルの部屋から袋詰めで垂蔵のサトルへのプレゼントを持って来た事を思い出した。彼はあのPPバッグはどこに置いたっけと部屋の中を探そうとしたが、部屋のど真ん中に置いてあるのを見て頭を掻いた。露都は持っていた鞄をそのまんま床に投げるとバッグを覗いて何が入っているのかを見た。全くどうしようもないものだった。安全ピンをそこら中に刺したモヒカン狩りのリカちゃん人形。同じくモヒカン狩りで安全ピンが至る所に突き刺さった下品な頭蓋骨とサーチ&デストロイのTシャツを着た誰かに作らせたらしきオリジナルの人形。何枚ものビニールに入ったまだ一回も袖を通していない下品なデザインのTシャツ類。サーチ&デストロイのフリスビーにもならない、血だらけの悪趣味なジャケットのCD。最後に同じく血だらけでただ不快になるだけのデザインの絵と、その中心に暴れている若き垂蔵をはじめとしたサーチ&デストロイのメンバーがプリントされているビデオの箱。どれもこれも正真正銘のゴミだった。

 ったくこんなもの貰ったってサトルが観れるわけねえだろってのに。露都はそうビデオを嘲けりながら手に持ってその箱の面裏をひっくり返して見ていた。裏には最狂だの、破壊だの、暴力だの、革命だの、アナーキズムだの物騒な言葉が並べられ、その中心に『ラストハードコアヒーロー、サーチ&デストロイの狂気の流血ライブ!』という煽り文句がデカデカと載っていた。煽り文句の下に三枚ほどのライブを撮ったと思われる写真がプリントされていたが、露都はそれを見るだけで不快になった。自分も確か赤ん坊の時から小学校に入るまで母に無理矢理垂蔵のこのゴミバンドのライブに連れて行かされていた。だがライブなんて殆ど覚えていない。ただうるさくてピーピー泣いていた事ぐらいしか記憶にない。露都はうんざりしてビデオを袋に入れようとしたが、その時また母が垂蔵に宛た遺書に綴った言葉を思い出してこう思った。もしかしたら母さん観客としてこのビデオの中に映っているんじゃないか?

 確かめようと思えばすぐに確かめられる方法があった。露都はビデオデッキを持っていたからである。本棚の脇に置いてあるのこのビデオデッキは、露都が中学に入った時に母の弟の叔父が譲ってくれたものだった。映画好きでもあった官僚の叔父は膨大なビデオと共にこのビデオデッキをくれたのだが、残念ながらビデオの大半は引越しの際に家に置いて出て行ったので手元には数本しかない。ビデオデッキの方もそれからいくらもしないうちにDVDが広まったので中学以来全く動かしていない。果たしてまともに作動するのだろうか。

 しかし露都はすぐにビデオを観ようという気になった自分を恥じた。こんなものは観る必要がない。大体母がそこに映っていたとしても、バカの垂蔵がバカな事をしてそれに対して母がきゃーきゃー騒いでるだけの代物じゃないか。観たって却って陰惨な気分になるだけだ。

 だかそうやって見まいと我慢しているとまたムカムカしてきた。露都は自分が麻薬の禁断症状になっているような気分になってきた。どう観たって大したもの映っていない。母が垂蔵にぞっこんだったってのは遺書で散々書いていただろうが、そんなものを確認したところで、と思っている先からすでにビデオの箱を開けてしまっていた。

 どうせちょっと観るだけだ。早回しして母が映ってるか確認してそれで終わりだ。露都はそう無理矢理自分を納得させてビデオデッキをテレビに繋いだ。彼は間違いなく自分がバカげた事をしていると思った。繋ぎ終えて彼はビデオデッキの電源を入れたが、問題なくついた。しかも時刻表示の時間が現在時刻とほぼ同じであった。露都は十数年前の骨董品なのにどうなってんだよと呟いた。後はビデオテープがちゃんと再生できるかだが、ここで彼は止まって一息ついた。しかし彼はすぐに決心してテレビの再生設定を外部機器にしてヤケクソで差し込み口にテープを押し込んだ。

 一瞬、画面にブチっという音と共にノイズが走った。殆どビデオデッキなど使っていなかったので一瞬やっぱりビデオデッキが壊れているのかと思った。だがすぐに黒い画面に白字でビデオのタイトルと、サーチ&デストロイのバンド名と、ビデオの制作会社名が出てきた。どうやらこのビデオデッキは無事に再生されているようだと安心した瞬間、ものすごい轟音が部屋中に響いた。あまりの轟音に露都は耳を塞いだ。その画面にはモヒカンで頭に包帯を巻いた今の自分より年下であろう垂蔵が出てきた。露都はあまりのうるささに思わずビデオを消そうとしたが、その時最前列の客席を映したカメラにひたすら飛び跳ねて何か喚いている頭を立てて派手な恰好をしている若い女を見て目が止まった。これ、母さんじゃん。ビデオの中で飛んで吠えている母は彼の全く知らない母であった。露都はひたすらステージに向かって吠えている母を見て彼女が遺書に書いた事が百パーセント事実だったと理解したのである。

 母さん、何やってんだよそんなとこで!こんなゴミみたいなもんに何そんなに興奮してんだよ!母は最前列からステージの垂蔵に向かって絶叫し、垂蔵もそれに応えるようにステージで喚きまくりいきなり客席に飛び降りて母やその周りの男連中を殴り始めた。ああ!このクズ野郎が!俺の母さんに何するんだと立ち上がった時、露都はドアがいつの間にか半開きになっていて、そこにサトルが立っているのに気づいた。

 露都はすぐさまテレビとビデオのコンセントを引き抜き無言でドアを閉めた。


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