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地獄

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賽の河原で石積みをするわたし。
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慈父

慈父

茂兵衛爺さんの掘っ立て小屋の中には土間がありカマドがあった。
爺さんはカマドに火を焚べて飯を炊いた。
「亡者は飯を食わなくともかまわないんだけどさあ!儂は生きてた時の習慣で飯の用意はするんだなあ!なにしろ餓鬼ちゃん達がくるからなあ!まんまを食わしてやりたくなるのさあ」
爺さんはぺらぺら喋りながら鍋に水とにぼしを入れ火にかけた。
おいしそうな湯気が小屋の中に立ち込めた。
食い物の匂いに餓鬼ちゃんはそ

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悲母

悲母

私は小さな餓鬼ちゃんを抱いてぼんやりしていた。
餓鬼ちゃんは大変甘えん坊で片時も私から離れない子だった。
茂兵衛爺さんは「うわあ、すっかりお姉ちゃんに懐いたねえ!こんな人懐こい子はめずらしいやあ!お姉ちゃん思う存分可愛がってあげなされや。抱きしめて撫でてやりなさやれや。それはその子の叶わなかった望みじゃからの。」
そんな事を言うので私は餓鬼ちゃんを舐めるように可愛いがった。
茂兵衛爺さんは木の積み

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キツネかたぬきか

キツネかたぬきか

餓鬼ちゃんが生まれ変わりの光の中に行ってしまって私はしばらく呆然として過ごした。
茂兵衛爺さんは相変わらず庭で仏像を彫っている。
今度は木から仏像を彫りだしている。
木のなんともいえない、いい香りがする。
ひのき風呂の匂いを連想する。
地獄に生えるというのに、この木の香りはどこか魂を浄化させるような清らかな匂いだ。
私は迷っていた。
やむにやまれぬ思いでもう1度母の顔を見たい一心でここにたどり着い

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一条の光

一条の光

「餓鬼ちゃんは大昔に飢饉で死んだんだなあ。」
しんみりと茂兵衛爺さんは言った。
餓鬼ちゃんが食べずにいったご飯を茂兵衛爺さんは手に取り食べ始めた。
「こんなに茶碗がボロボロになるまであの子は持っとった。親も生き死にの境目で我が子を生かすことどころじゃない。間引きが行われ、生まれた子も飢えていく…。まことに生きるという事が苦行じゃった。あの子の生きる道はあまりにも過酷じゃった。わしは少しでもあの子に

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餓鬼ちゃん

餓鬼ちゃん

茂兵衛爺さんの庭で、気の遠くなる程の数の仏像を私はひとつひとつ見ていった。
母の顔…記憶の薄れたあの女の顔は、この目に映せば立ちどころに母だとわかるはずだ。
私は真剣に仏像の顔を見ていった。
しかし、どれも馴染みのない顔。
どれも微笑んでいるような穏やかなお顔で、私は(これは、ちがう。これも違う。私の母はこういう顔をしていないんじゃないか)という気がする。
私は母の穏やかな顔をほとんど見た事がなか

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茂兵衛爺さんの庭

茂兵衛爺さんの庭

私は許されたいとも生まれ変わりたいとも思った事がなかった。
しかし苦しかった。
茂兵衛さんの庭に行ってから私は今までにない苦しみにとらわれた。
もう、賽の河原で石を積んでいる場合ではなかった。
ひとつ積んでは父の為。
もうひとつ積んでは母の為。
そんな物はすべてぶち壊しだ。
私は私の為に、今度は何かをせねばならぬ。
私はもう1度、茂兵衛爺さんの元へ行こうと決めた。
あのけもの道を行くのは怖いが今更

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心残り(後編)

心残り(後編)

けもの道を抜けるとひらけた場所に掘っ建て小屋があり、仏像がいくつも並んでいる庭があった。
私には仏像の事はわからないが地獄ではまず目にする事のない穏やかな顔をどれもしていなさる。
「おーい。茂兵衛さん。いるか?」
婆がでかい声で呼びかけると
「いるぞえ〜。誰だぁ〜。」と小屋の中から返事があった。
やがてごとごと音がして小屋から小さな爺さんが出てきた。
まん丸い目の愛嬌のある顔の爺さんだ。
頭に手ぬ

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心残り(前編)

心残り(前編)

「あんなろくでもない世の中に産み落としやがってお前は母親ヅラをするな!それとお前だ!てめぇみてぇな馬鹿が何が父親だ!ふざけるな!」
女の怒鳴り声で目が覚めた。
私は石積みの苦行に疲れ果てて賽の河原で横になって寝ていた。
そこに大きな罵り声がキンキン響き渡った。
「アタシはお前らにされたことを決してゆるさない。ゆるされると思うな。何もかもお前らのせいだ。」
見ると川のほとりに若い女がいた。
女の足元

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むじなそば

むじなそば

私は奪衣婆に連れられて荒野をしばらく歩いた。相変わらずの灰色の空は今日も重く亡者を支配した。
「あんたも意固地になって毎日、石積みなんかしてるがそろそろ生まれ変わったらどうだい?」歩きながら婆が言った。
私はとんでもない、という風に首を横に振った。
「そうかねぇ。生まれ変わったほうが絶対いいとわたしは思うよ。あんたは根性があるし、次の世では大物になる気がする。」
(大物になったところで何だ。)

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地獄にきた日

地獄にきた日

私は陰鬱な地獄の空を見上げた。
鉛色の空は不安をかき立てる。
遠くで神経を逆なでする鬼のバカ笑いの声が響く。河原の水際で川の流れを見た。
ひとつ積んでは父の為。
もうひとつ積んでは母の為。
私は小さな石を握りしめた。
父母の為に生きるもんじゃない。
私は憤を持て余し、石を川へ放り投げた。
私は父に殺されたようなものだった。
私の父はおそろしく酒乱で、その日も朝から酒を飲んで散々私に嫌がらせをした後

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般若とダイアモンド

般若とダイアモンド

ただひたすらに河原の石積みを課せられている身の私は今日もコツコツ石を積んでいた。
これもバランス良く見目いいように積むのに結構、気を使うのだ。
最近、私は河原で石積み用の石を探してきれいな縞模様のある平べったい石やピンクがかった綺麗な石をより分けてはなやかな石塔を作っていた。その綺麗な石の塔が目の高さまで積まれたところで背後から足音がヒタヒタと聞こえた。
(また来やがった。)と私はうんざりして顔を

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地獄の憩い

地獄の憩い

私は賽の河原の石積みを相変わらずしていた。しかし今日はとんだ邪魔が入った。
さっきある程度積み上げた石を鬼女がやってきて、訳のわからない事を叫びながらぶち壊してくれたのだった。
魂がくたびれた。
鬼女はこわい。
「あんた、毎日あたしをつけまわしてるでしょ!」といきなり鬼女は言った。
私は何の事かわからずうろたえた。
「迷惑なんだよ!閻魔にいいつけるよ!ホントにいい加減にしなさいよ!」
鬼女は私に向

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賽の河原のスモモ味

賽の河原のスモモ味

私は賽の河原で石を積んでいた。
ひとつ積んでは父の為。
もうひとつ積んでは母の為。
私は父の為に石を積むのも癪だったが、地獄の石積みはこういう決まりきったかけ声をぼそぼそつぶやきながらやるもので仕方なく呆けたように石を積んだ。
ある程度石が高くなればもう少しで結願だ。
私の気がかりは母だった。
とにかく母の為になるならば。
私はひたすら死にものぐるいで毎日石を積んだ。
その小暗い地獄の日々。
三途

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