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望月衣塑子+特別取材班 『菅義偉 不都合な官邸会見録』 : 剥がれおちた〈面の皮〉・ 宰相 菅義偉 論

書評:望月衣塑子+特別取材班『菅義偉 不都合な官邸会見録』(宝島社新書)

官房長官時代には「鉄壁のガースー」などとも呼ばれ、一目おかれる存在であった菅義偉も、首相となった今では、その内実が、白日の下に晒されてしまった感が否めない。つまり、「過大評価」という仮面が、すっかり剥がれ落ちてしまった。

本書にも書かれているとおり、菅義偉が「鉄壁のガースー」であり得たのは、実際には「国民への説明責任」が無かったからである。
官房長官時代の彼が「説明」すべき相手とは、新聞記者やジャーナリストであって、直接、国民に対して説明することまでは求められなかった。それが求められたのは、首相であった安倍晋三であり、当時、官房長官であった菅義偉は、新聞記者やジャーナリストを「うまくあしらって」さえいれば良かった。つまり、優遇して取り込み「子飼い」したり、完全無視の排除などしていれば良かった。簡単に言えば「説明しないで良かった」。「説明しないで済ます」ことが、官房長官であった彼の手腕として評価され、それをして「鉄壁のガースー」などと言われたのである。

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しかし、そうした政権内部の「過大評価」と、それに追随する「ネトウヨ」などによる「過大評価」によって、菅義偉は、すっかり勘違いをしてしまった。自分を「政治家として有能」だと「勘違い」をしてしまったのだ。

「国民に対し、わかりやすく政策を語る能力」を持たない政治家を「有能」とは呼べまい。
これまでの彼は、自分の支持者と、自分の味方と、自分より弱い者を相手にしてきたから「わかりやすく政策を語る能力」など、ほとんど必要なかったのであろう。彼に「党派的利益」を誘導する力さえあれば、「一般的な説明能力」など必要なかったし、求められもしなかったのだ。

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ところが、念願の首相に上り詰めたところで、彼は思いもよらぬ事態に直面して、硬直してしまった。
「政治家」に対して、「能力と魅力」の両方を期待する一般「国民」に対し、わかりやすく政策を語る能力が、求められたのである。

彼が政治家として、いかに「剛腕」を持っていたとしても、それが「おおやけに語れない類いの剛腕」であっては、国民への説明の対象にはならないし、かと言って、国民を「恫喝」するわけにもいかない。
彼は、これまで求められなかった「実効性のある正論を語って、国民を魅了する」という難題に直面して、硬直せざるを得なかったのだ。「そんなこと、したことがない」からである。

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結局、「鉄壁のガースー」の「鉄壁」性とは、「馬の耳に念仏」「糠に釘」「暖簾に腕押し」みたいなものでしかなかった。彼は「人語を解せない、動物」「日本語が通じない、外国人」「聞く耳を持たず、論理的な思考能力もない、ネトウヨ」みたいなものだったのだ。「話相手になりえない、鉄壁」だったのである。
どんなに頭のいい人でも、弁の立つ人でも、言葉の通じない動物や宇宙人を論破することはできない。そもそも議論が成立しないからである。

このようなわけで、菅義偉は「鉄壁のガースー」たり得たのだ。彼は「当たり前の人間」の世界に出てくるべきではなかった。つまり「国民」の前に、その「全身」を晒すべきではなかったのだ。

菅義偉は「論敵と四つに組んで、相手を論破する」などということを、したことがなかったのだ。
彼はいつでも、裏から手を回したり、圧力をかけたり、懐柔したりなどして、頭角を現してきた「有能な自民党政治家」だったのである。そうでしかなかったのだ。
だから「表舞台」に立ってはいけなかった。八方からスポットライトを当てられては、後ろから手を回すなどといった「搦め手」は使えなくなるからである。

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今の彼は、「学芸会の舞台上で、すっかりアガってしまい、セリフの出てこなくなった小学生」みたいなものである。
彼には「演技力」も「胆力」もないから、役者には向いていない。
彼がセリフに詰まるたびに、先生が舞台の袖から、セリフをつけてくれるけれど、それが観客に見え見えでは、もはや観客は芝居を楽しむことはできず、大根役者の退場を願うばかりである。

ただ、あまりにも大根なので「可哀想」という同情だけは引けそうなものだが、このコロナ禍の最中では、観客の方にも余裕がないので、同情すら集まらないという惨状も、いたしかたない。

ともあれ、結論としては「総合的・俯瞰的に見て〈菅首相は無能〉」としか言えないものの、もしかすると彼は「戦後で最も魅力に欠ける首相」という称号を勝ち得るかもしれない。
もちろん「戦後最悪の首相」というシンプルな評価は、前首相である安倍晋三に譲るしかないのは、これまた、致し方のないところであろう。

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初出:2021年1月19日「Amazonレビュー」
   (同年10月15日、管理者により削除)

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