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書評「関根忠郎の映画惹句術」

映画のポスターに主人公やタイトルの横に添えられている言葉を、著者は「コピー」や「宣伝文句」ではなく、「惹句」と呼んでいます。「惹句」という言葉は聞き慣れない言葉ですが、人の心をひきつける短い文句という意味なのだそうです。

本書は「仁義なき戦い」「極道の妻たち」「ヨコハマBJブルース」「日本侠客伝」「鬼龍院花子の生涯」といった東映映画の宣伝コピーを書いていた伝説の”惹句師”が、自らのコピーの創作術や背景を解説した1冊です。

人の心に引っかかる言葉は、綺麗な言葉じゃない

まず、著者が作った有名な惹句の1つである「柳生一族の陰謀」の惹句をご紹介します。

我につくも、敵にまわるも、心して決めい!

この惹句を読むと、主人公がつばを飛ばしながら、大きな声で仲間に対して号令をかけている絵が目に浮かびます。「心して決めい!」という言葉は綺麗な言葉ではありませんが、綺麗な言葉ではないからこそ、耳に残ります。

宣伝文句やコピーを作る時、担当者は「人の心に引っかかる言葉」を作ろうとして試行錯誤します。僕自身「人の心に引っかかる言葉」は何か、改めて考えてみたのですが、それは言い換えると「人の心に違和感を与える言葉」なのではないのでしょうか。

人は違和感を覚えると、違和感の大小に関わらず、抱いた違和感に気を取られます。違和感に気を取られたということは、言葉が「人の心に引っかかった瞬間」です。そう考えると、耳障りのよい綺麗な言葉は読み取ってもらえるかもしれませんが、違和感がないので人の心を動かすことは出来ないと言えるのではないのでしょうか。

本書には、「体言止め」「短歌」「俳句」「韻踏み」といった、古くから日本語の短文表現技法を織り込んだ惹句も紹介されています。繰り返しになりますが、惹句は人の心をひきつける短い文句のことです。惹句を読んだ人に、「映画を観たい」と思ってもらう必要がありますが、著者はこうした古くからの表現を巧妙に惹句に取り入れることで、人の心を惹きつける工夫をしています。

本書を読んでいると、古くからの日本語の表現技法と映画の惹句作りが、1本の線で繋がっていると感じます。しかし、残念ながら最近の映画のコピーには、短歌や俳句といった古くからの日本語表現が取り入れられていないようで、今までつながっていた線が絶たれてしまっている気がします。

答えは自分の中にある

著者は、いざ惹句を作るとなると会社を出て行きつけの喫茶店に向かい、脚本と睨めっこしながら惹句を作ったり、あるいは山手線に乗り込んで座席に座り、1周回っている間に惹句を作ったりと、会社の机で惹句を作ることはほとんどなかったのだそうです。こういう社員が、上司に好かれるとは思いません。

ちなみに、「柳生一族の陰謀」の惹句は、著者の事を快く思わない上司の普段の対応などが映画の主人公と重なり、考えついた惹句なのだとか。

何が言いたいのかというと、コピーを書く時「上司の中に答えがある」と思って、上司の顔色を伺って作る人がいます。先日NHKで放送された「仕事ハッケン伝」で「風立ちぬ」の惹句を作ったオリエンタルラジオの中田敦彦さんも、上司であるプロデューサーの鈴木敏夫さんの中に答えがあると考え、鈴木さんが作った広告を分析したり、過去の発言を分析したりして惹句を作りました。しかし、最後に採用されたのは、中田さんが当初自分で考えた惹句に修正を加えたものでした。答えは、上司ではなく自分の中にあった。というわけです。

著者の作った惹句を読んでいると、誰かが力を込めて話しているかのような気がします。それは、惹句に作者自らの思いが強く宿っているからだと思います。本書に掲載されている惹句は作品ごとに趣が異なりますが、それぞれ読み応えのある言葉ばかりです。

コピーライターやコピーライターを目指そうとしている人などクリエイティブ業界で仕事をしている人や、商品の宣伝文句を考えている人にオススメの1冊です。


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