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人間と人生を味わい尽くす~神山典士作品集

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音楽、スポーツ、演劇、芸能、ビジネス、料理等、あらゆるジャンルの人間ドラマを描くノンフィクション作家神山典士作品集
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#異文化

TheBazaarExpress109、「新世界三大料理~和食は世界料理足りうるのか?」第三章・世界が憧れる食材大国、日本料理

1、 世界に広がる日本の食文化

・コペンハーゲンでの偶然の出会い

 その店との出会いは、本当に偶然のことでした。

 広い店内はごてごてした飾りはなくシンプルなしつらえで、大きなテーブルが整然と並び、床も壁も天井もぴかぴかに磨き上げられています。私が入ったのは午後3時ごろでしたが、それでも店内の約半分、30人ほどの家族連れやカップルたちが食事を楽しんでいました。カウンターの向こうに広がるのは、

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TheBazaarExpress94、不敗の格闘王、前田光世伝~文庫版あとがき

今を生きる男

「ちょっと待ってくれ。それが問題なんだ。その質問に答えることは難しい。その質問にどう答えるかということで、私という人間の考え方が決まってくると思うから―――」

 それはインタビュー冒頭の出来事だった。私の前に座った男は、質問に対して居住まいをただしながらそう答えてきた。

 時は95年の12月。この時私は、のちにデビュー作として発刊される『ライオンの夢 コンデ・コマ=前田光世伝』

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TheBazaarExpress93、新世界三大料理~和食は世界料理たりうるのか、序章

・フランス料理と中国料理の特徴~歴史と戦略

―――世界の3大料理といえば、どこの国の料理を指すでしょうか?

 この問いに、読者のみなさんはどうお考えになりますか。

 この質問は、どこの国の人に訊ねるか、どこの国で訊ねるか、いつの時代に訊ねるか、何を基準に訊ねるかでその答えは大きく違ってくるはずです。

 そこで普遍的な意味での「世界3大料理の条件」を、本書で監修に当たっていただく3人の方に聞

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TheBazaarExpress83、危なっかしくも頼もしい、和食の現状と未来

デンマークの首都コペンハーゲンで、「ワガママ」とカタカナで書かれたレストランと出会った。

――ははん、これが欧米で流行りのリアルラーメン店か。

「miso steak ramen」をオーダーしてみると、スープは薄味の八丁味噌系、麺はストレートの細麺。ステーキは日本のファミレスレベル、思いの外ジューシーなシナチクとニンジン、モヤシ、長ねぎの野菜炒め。価格は16ユーロと欧米価格だが、全体としては悪

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TheBazaarExpress80、美食を真の文化に、二代目の葛藤~辻芳樹編

 大阪城公園の蕾が膨らみ、ホールのアリーナに辻調理師専門学校のグループ4校総計約2000人の卒業生が集まる季節になると、同校校長、辻芳樹(49歳)の胸にはあるシーンが去来する。20年前、先代校長の父・静雄が急逝し(享年60歳)、約2週間後に初めて校長として卒業式の演壇に立った時のことだ。

「校長挨拶で父が用意していたものをメモを見ながら読み上げたら、後に義父に叱責された。なぜメッセージを暗記しな

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TheBazaarExpress81、世界で活躍する日本人料理人と食文化

 2013年ミシュランガイドの本家フランス版において、日本人料理人はついにオーナーシェフとして初の二つ星に輝いた(フランス全土で82店。過去に雇われシェフ、スーシェフとして二つ星を獲得した日本人料理人は存在する)。市内2区に『Passage53』を開いた佐藤伸一シェフ(34歳)だ。前年に一つ星を獲得し、たった1年で二つ星に駆け上がったから「次の3つ星最右翼」と語る評論家もいるほどだ。

一つ星も、

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TheBazaarExpress74、「THE WORLD」世界唯一の分譲型超豪華客船の旅

----Something to remember.Very beautiful dinner,Thank you very much.

 その日、ニース-バルセロナ間を航行する超豪華客船The World号のメインダイニングでは、ディナー終了後、居並ぶVIPたちのスタンディング・オベーションに沸き返った。厨房から登場したのはニースで活躍する若きシェフ松嶋啓介。このたびのゲストシェフ松嶋が黒のシ

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TheBazaarExpress67、亜馬孫 一九九五 「心意気」~『ライオンの夢』エピローグ

アマゾンの朝は早い。

 赤道と南回帰線に挟まれた街、ベレン。市内の中心部にある大きなバスターミナルには、朝五時頃になると、まだ薄暗い中を人々が大きな荷物を持ってどこからともなく集まってくる。女の子の手を引いた若い太ったおかあさん、カーキ色の軍服を着た褐色の軍人、大きなボストンバッグを持った長髪の若者、ボロボロのシャツに薄汚れたジーンズを履いた老人等々。

 鉄路を待たないアマゾンにあって、

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TheBazaarExpress63、明治の青春群像、その3~不屈の魂でアマゾン開拓移民を励まし続けた前田光世の「ライオンの夢」

前田光世の「ライオンの夢」

 西欧社会への日本の本格的なデビューとなった明治30年代後半の日露戦争期。西欧各国では大国ロシアを破った小国日本のことが大きな話題となり、当時世界へ出ていた講道館柔道家たちも各国で人気を博していた。

 だが、この時代、世界的な日本ブームとは裏腹に日本の農村は戦費調達のための重税に喘ぎ疲弊しきっていた。世界で2000試合無敗の伝説を作ることになる柔道家・前田光世も明治

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TheBazaarExpress62、明治の青春群像その2~若き格闘家たちを「国士」に変えた講道館創始者、嘉納治五郎の情熱

 日本が外圧によって世界に門戸を開いた明治という時代は、鹿鳴館に代表される欧化一辺倒=“情報吸収型異文化交流”の時代として語られている。

 ところが日清戦争以後、西欧列強からの干渉を受けるようになると、日本および日本人は、列強と肩を並べるためには、情報発信型の異文化交流が必要だと気づく。そんな時、背中に国と民族を負って世界に出ていったのが、前号で紹介した講道館柔道家のような若者たちだった。明治の

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TheBazaarExpress61、明治の青春群像、その1~T.ルーズベルト大統領を魅了した明治の柔道家たち

21世紀国際ノンフィクション大賞優秀作受賞の気鋭のジャーナリスト神山典士氏は、いま日本が誇れるものと言えば、まず明治時代の柔道家たちの生き方があげられる、と指摘する。開国から約40年の極東の小国から、独自の文化を世界に広めるために旅立った明治の若者たちに学ぶべき点も多い、というのだ。それは単に格闘家の物語ではなく、誇り高き明治の日本人の物語である。そして、そこには平成の日本人が忘れてしまった大切な

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TheBazaarExpress56、誰も見たことのない青空を求めて~ピアニスト辻井伸行編

世界のクラシック・シーンの厳しさを改めて垣間見たのは、ピアニスト・辻井伸行のアメリカ合衆国コロラド州・アスペン音楽祭での演奏会に同行取材した時のことだった。

 辻井の到着は予定より1日遅れ、演奏会のわずか23時間前のこと。同行して来た母・いつ子に聞くと、「出発直前までビザが降りなかったので、演奏会はキャンセルかもしれないとすら思ったんです」と言う。

 しかも主催者から渡された飛行機のチケ

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TheBazaarExpress53、情熱のシェフ・日仏の架け橋となる料理人・プロローグ~松嶋啓介編

世界の美食家からの招待状

 この日、ニース旧市街の東端にあるリンピア港に現れた白亜の豪華客船は、周囲の景観のバランスを歪ませるかのような巨大なシルエットを見せていた。港の西側にある旧城址の丘から眺めると、港の周囲に群がる5、6階建てのビルがやけに小さく見える。小人の国に突然ガリバーの乗る船が現れたかのような異様さだ。

 The World号。

 異様なのはその光景だけではない。約4・3万トン

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