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滝口寺伝承

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「横笛」:横笛は平安末期のお話(エピソード0) 「火宅の女(ひと」:は現在執筆中の鎌倉~南北朝時代のお話です。 同じ滝口寺であった二つの物語です。
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記事一覧

【滝口寺伝承(2)火宅の女⑧】

【滝口寺伝承(2)火宅の女⑧】

倒幕有世のはたらきもあり、命からがら伯耆国に辿りついた帝一行は、伯耆国の地頭、名和長年に庇われ、伯耆国船上山にて挙兵いたします。

この名和長年、伯耆国で海鼠や乾鮑を売って財をなしたおかげで、鎌倉から厳しい警めを受けており、倒幕の機運に乗じて帝に与した者です。商才たくましき者でありながら、その武は鎮西八郎為朝の再来とされ、特に弓術は並々ならぬ腕前にて、五人張りの弓をいとも簡単に引き絞り、放つ矢は同

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【滝口寺伝承(2)火宅の女⑦】

【滝口寺伝承(2)火宅の女⑦】

隠岐回想~蝶々千種忠顕は回想を続ける。

千波の津を頼りない船で漕ぎ出した帝一行を待ち受けていたのは如月の新月の闇。先頭の一艘目には有世と行房、真ん中に帝と千種忠顕、最後に女御らが続きます。

この凍てつく闇に落ちれば死。対岸にたどり着いたとて、鎌倉方の追手が伸びていればさらに非道い仕打ちが待っていましょう。

かの大覚寺統の主も、今は頼りなどなく本当に心細い御身となりました。この逃避行以前、伯耆

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【滝口寺伝承(2)火宅の女⑥】

【滝口寺伝承(2)火宅の女⑥】

秘策と秘術義貞を見届けた千種忠顕、長忠親子は男山(石清水)八幡宮から都を見下ろします。

「長忠よ……、どうじゃ、ここから見る都は?」
「父上、今日は良く晴れておりますな。比叡山が霞んでおりまする。」
息子長忠はまぶしくて眼を細めました。鬼神尊氏が都に迫るなか、気は安まりません。

「さて、我らも、もうひと仕事じゃ。」

「……やはり河内殿のことでしょうか。」

「あー左様左様。長忠よ、あの兄弟に

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【滝口寺伝承(2)火宅の女⑤】

【滝口寺伝承(2)火宅の女⑤】

二心都を出立した官軍新田党は南西へ進路を取り、一路男山(岩清水)八幡宮へ向かいました。高祖八幡太郎義家が元服した源氏縁の社であります。

『南無八幡大菩薩』
此度の戦は必勝なくば必死。神、仏、先つ祖(おや)、何でも縋(すが)りたい、何としてでも、再びこの地を踏むのだと、義貞は一心不乱に念仏を唱えます。

時折、美しい麗子の顔が義貞の頭を過(よぎ)り、寂寞の想いにかられます。

足利と新田は倶(と

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【滝口寺伝承(2)火宅の女④】

楠木河内昨晩まではから騒ぎ、明けては僉議(せんぎ)。御所はそぞろわしいことこの上なし。復讐の鬼と化した尊氏の兵力は30万とも50万とも噂され、臆面もなく慌てふためく貴族と、平静を装う武家との間に大きな隔たりがありました。

徒(いたずら)に時が過ぎていく中で、ある公卿は「孔子(くじ)で吉凶を占ってはどうか?」と言い出す始末。連座する義貞と楠木河内は辟易して目配せします。尊氏は鬼か魔か。西国中の兵を

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【滝口寺伝承(2)火宅の女③】

【滝口寺伝承(2)火宅の女③】

真実(まこと)「帝は、近ごろ新しい女御に心染めているそうです。更衣になられたその某(なにがし)の君はまだ齢十五です。内裏の花の色は移ろいゆきます。私もまた旧き(ふるき)もの。」

「後宮には帝ひとり。帝にかしづく女御は廉子様はじめ二十数人おります。私の知らない間にいなくなられた女御もいらっしゃいます。帝の御寵を競いあう情念の炎と炎のぶつかり合いは、互いを焼き尽くすまで続きます。

『帝の寵幸をうけ

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【滝口寺伝承(1)横笛】小さな愛の寺

【滝口寺伝承(1)横笛】小さな愛の寺

滝口入道
ある高野聖がおりました。名を滝口入道と申します。

在俗のときの名を斎藤滝口時頼と申しまして、名門滝口武士の出であったことから13歳で召し出され、小松殿(平重盛)の衛士をしておりました。

ある日時頼は、建礼門院(徳子)の雑役に従事する下級の侍女であった「横笛」という名の娘と出会い、恋に落ちます。

時頼を良家の婿にして宮仕えをさせようと思っていた時頼の父は、娘の身分の低さを理由に、結婚

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【滝口寺伝承(2)火宅の女①】

【滝口寺伝承(2)火宅の女①】

後醍醐帝(ごだいごてい)の御時のお話です。

鎌倉幕府が滅び、朝敵足利尊氏を追討した京の都は束の間の平和に酔いしれておりました。

そんな弥生の空の下、都はある武将の噂でもちきりでした。清和源氏の嫡流、源八幡太郎義家の後裔にして、この度左近衛ノ中将に昇進されたー新田義貞(にったよしさだ)のことです。

義貞は、挙兵してわずか半月で鎌倉幕府を打ち滅ぼし、朝廷に反旗を翻した足利尊氏を破って九州へ敗走さ

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【滝口寺伝承(2)火宅の女②】

【滝口寺伝承(2)火宅の女②】

炎(ほむら)帝の御諚……?義貞は顔から火のでる思いがした。 酒に酔った勢いで内侍のことを口走ったのだろうか?それとも忠顕が裏で動いたのか。それが帝の御耳に届き……考えただけでも恐ろしい。

あれだけ望んでいたものが目の前に、しかも簡単に手に入れられる位置にあるのに、義貞の心は疑念ののち羞恥、そして戦慄に変わりました。

「あの……私が参ること、忠顕様は何も?」上目遣いする内侍の顔が曇ります。

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