家族になろうよ 政治が動かす結婚・出産・育児の支援とは?

ライフが優先

 人口減少局面に突入した日本。人口が減少しなくても経済を維持できるシステムは構築することは可能だが、我が国においては人口減少に対して正面から向き合ってこなかった。そのために、今後は大幅な衰退が避けられない。

 人口政策は経済政策でもある–−と政治家間で認識が広がってきたのは約15年前。それまでにも児童の医療費を無料にする取り組みや児童手当なども着手されてきた。しかし、それらの多くは市町村単位で実施されてきたため、居住地によって受けられる行政サービスには濃淡あった。

 人口政策をめぐる取り組みは、多岐に渡る。自治体が2000年前後から自治体間で力を入れ始めたのが、婚活支援。人生の大きな転機となる結婚というプライベート領域に、行政が介入することは行政側に大きな躊躇があった。

 人口減少局面へと突入して尻に火が点いたあたりから、行政もなりふりかまっていられなくなった。「産めよ、増やせよ」といった戦前スローガンと近似し、大日本帝国を彷彿とさせるとの批判もある中で、結婚のマッチングにも取り組む。特に合計出生率が全国最下位の東京都は、人口政策に無関心ではいられない。

 舛添要一都知事時代から、婚活支援のイベントを実施。さらに小池百合子都知事時代にもワーク・ライフ・バランスを重視した政策として、婚活イベントを開いている。

 従来、政府が取り組む政策はワーク・ライフ・バランスとワークが先にきていた。小池都知事時代に東京都が提唱したのはライフを先にした「ライフ・ワーク・バランス」だった。

 小池都知事が取り組むライフ・ワーク・バランスの取り組みは、以前にも記事にしている。

【THE PAGE】

“「働き方改革」“ライフ”が優先 ー 婚活支援に本気になった都の狙いとは”

(2017年4月2日配信)

 単純に字面だけの問題ではあるのだが、ライフを先に出すという意図を込めたと語る小池都知事からは、少なくても機械的に取り組んでいるといった惰性感はない。もちろん、この政策がどこまで効果があるのかは未知数だ。それは、小池都知事在任時には数字となって現れない成果かもしれない。しかし、こうしたライフが優先という概念を少しずつ浸透させていくことは重要だろう。

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東京都主催の婚活イベントであいさつする小池百合子東京都知事

 そして、行政が取り組む婚活支援は、不妊治療のサポート・出産にかかる費用の補助・そして子育て支援へとステップアップすることになる。これが、東京都が言うところのライフイベントにおける切れ目のない支援ということになるだろうか。

 従来にも、市町村単位で子どもの医療費無料の拡充、保育所の整備などが取り組まれていきた。男女共働き家庭が増えたことに伴い、待機児童問題は社会問題ひいては行政課題と受け止められるまでになっている。

 働くママのわがままと切り捨てられている風潮が完全に払拭されたとは言い難いが、それでも少しずつ働くママのわがままではないという空気も醸成されている。

菅義偉首相の肝煎り政策「不妊治療の保険適用」

 こうしたライフを優先する政策のなかでも、2022年4月1からスタートする不妊治療の保険適用は近年では大きな取り組みとなる。

 不妊治療の保険適用は、社会を変える大きな動きと言わざるを得ない。なぜなら、不妊治療の保険適用は医療誌だけではなく、経済誌などでも特集や連載が組まれるほどなのだ。それほど社会に与えるインパクトは大きい。

 不妊治療の保険適用は、菅義偉首相が首相就任後にいきなり打ち出した政策で、打ち出してから約一年半で漕ぎ着けた。鳴り物入りと言っていいほど急展開だっただけに、現場の混乱は激しいものがあるようだ。

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2021年の衆院選で不妊治療の保険適用を実現したと訴えた菅義偉議員 

 とはいえ、不妊で悩むカップルは多い。それが見切り発車だとしても、子供を欲するカップルにとって朗報だといえるだろう。

 いまや不妊は珍しくもなんでもない。7組に1組のカップルは不妊治療経験があるとされている。ここでいう不妊治療は、タイミング法などの治療というよりも指導に近いレベルも含んでいる数だが、そうしたタイミング法で出生した場合は自然妊娠にカウントされる。

 不妊治療で生まれた子供としてカウントされるのは人工授精からで、不妊治療で生まれた子供は、いまや13人に一人ともいわれる。小学校なら、1学級に3〜4人いることになる。

 これまでにも、不妊治療の費用は厚労省が助成金を設けるなどして負担軽減をはかってきた。厚労省は制度をつくり、予算を組み立て、都道府県がそれらを給付する仕組みだった。

 治療メニューによっても異なるが、助成金は一回で7.5万円から30万円が支給される。不妊治療は当事者になってみないと実感が沸きづらいため、実態は知られているとは言い難い。

 一回(と表現することは適切ではないのだが)の治療費は人工授精なら約5万円前後で済むが、体外・顕微授精なら治療費は一気に50万円前後へと跳ね上がる。

 助成金だけでは、当然ながら足りない。市区町村単位で、これら国の助成金とは別途に助成金を給付している自治体もある。市区町村で別途に助成金を給付している自治体の多くは大都市に偏在している。

 財政が豊かということも大きな理由だろうが、なによりも大都市の方が出生率が低い傾向にあり、それは大都市にとっても将来的に危機につながるからだ。

 不妊治療費の金額が前後という曖昧な表現になってしまうのは、クリニックの治療方針や薬の量による。これまで保険適用外だったため、薬価もクリニックによりバラつきがあった。

 なかでも、驚くべきなのは採血だ。不妊治療において、採卵と移植は生理周期に合わせて実施しなければならない。そのタイミングは、血中に含まれるhCGと呼ばれる値で判定される。

 そのhCG値を見るために採血するわけだが、この採血だけで8万円かかることもある。さすがに8万円は高額な部類だと思うが、平均しても2万円程度だろうか。いずれにしても、簡単に支払える金額ではない。

 これらの金銭的な負担は、一部を助成金でカバーされるとはいえ、助成金は申請してから振り込まれるまでに約半年のタイムラグがある。最初の採血から数えれば、助成金が振り込まれるまでに8か月は見ておかなければならない。

 かなり後になって振り込まれる助成金だから、当座の治療費が確保できないカップルは不妊治療を受けられない。生活資金に余裕が出るのは40代からだろう。不妊治療を受けるカップルが高齢だとされるのは、経済的な理由が大きい。

 よく、不妊治療を受けている女性に対して「30半ばまで自由気ままに遊び、40近くなってから子供をほしくなって不妊治療を受けるなんてワガママ。勝手すぎる」という世間の声が紹介されることもあるが、これは実態を把握していないと指弾せざるを得ない。20代30代のカップルは高額な治療費を捻出できるほどの経済的余裕がないということでしかない。自然な成り行きなのだ。 

 不妊治療の保険適用により、助成金は廃止される。これも悪手と言えば悪手なのだが、とりあえずは当座の治療費を用意する必要がなくなるので、20代でも治療を受けやすくなることは確かだろう。さらに保険適用になることで、高額医療制度も適用される。これもメリットのひとつだ。

残された課題

 しかし、不妊治療の保険適用は残された課題は多い。そのひとつが、不妊治療の保険適用は年齢と回数による2つの制限が課されていることだ。現状の43歳が適正かどうかは別に議論が必要だとしても、90歳100歳で出産は難しいから一定の年齢制限をかけることは理解できる。

 一方、回数制限6回という根拠は謎のままだ。学会の統計によれば、体外受精3回すれば7割の女性が妊娠するされている。これは、あくまでも妊娠率。当然ながら、分娩率はそれより低くなる。

 これだけを見ると、体外受精6回は妥当な回数制限のようにも見えるが、体外受精1回でも6割近い女性が妊娠している。以降、回数を増やしてもそれほど妊娠率の上昇は見られない。これは、クリニックと妊娠を望む女性との相性の問題とも考えられる。

 実は、不妊治療は確立した治療法がない。どんなに検査をしても、原因不明というカップルは少なくない。高度な検査をしても、原因が判明するのは4割程度ともいわれる。

 医師は、これまでの経験と最新の知見を総動員して手探りで進めているのが現状だ。そのため、クリニックで方針は大きく異なる。その方針が合うか合わないか、それをざっくり相性と表現している。

 不妊治療を受ける女性にとって、初めての採卵・移植、2回目の採卵・移植ぐらいまでは相性が悪いと感じつつも、治療を継続させるしかない。不妊治療でもセカンドオピニオンは存在するが、そもそも確立した治療法がないので、どれが正しいのかすら不妊治療を受ける側としては判断が難しい。

 また、最先端の不妊治療で使用される薬などは保険適用外となる。こうした保険適用外の薬を使用するには自由診療へと切り替えることになるが、現状では不妊治療において保険適用部分と適用外部分は切り離す、いわゆる混合診療は認められていない。そのため、これまでの不妊治療からステップアップして高度な医療を受けようとしても保険適用外となる。

 不妊治療の保険適用は少子化の解消、ひいては子育て支援にも結びつく政策でもあるわけだが、こうした現状があるので一概に保険適用によって万事解決にはならない。明らかに課題は残っている。4月1日から始まる保険適用は、あくまでも一里塚でしかない。

 もっとも問題と思われるのは、回数制限6回という留保がついてしまったことだろう。6回という回数制限を超過しても、自費診療によって不妊治療を継続することは可能だが、結局のところブチ当たるのは金銭的な壁と年齢の壁だ。

 公表はしていても本稿で実名を出すことは避けるが、移植を10回以上も受けて、ようやく子を授かったという政治家・芸能人はいる。つまり、現状の不妊治療は回数との戦いともいえる。

 ちなみに、6回という回数制限は具体的に言えば移植の回数となっている。採卵に関しては、無制限に保険適用されるという。

 今後、この6回が撤廃されることはあるのだろうか? 不妊治療の保険適用は始まったばかりで、数年間は様子見ということになるだろう。しかし、女性が子供を埋める年齢には限界がある。それだけに、見切り発車でもいいから、この議論は早く進めなければならない。

 不妊治療というと、これまで女性の問題に矮小化されがちだった。しかし、妊娠・出産の問題は男女カップルの問題であり、当事者は女性だけではなく男性も含まれる。

 女性の生理周期はコントロールができないので、採卵・移植に関してはタイミングを図りながら実施するしかない。先述した採血でhCGを見て、それで採卵・移植を判断する。採卵・移植を予定していた日にクリニックへ行っても「明日、また来てください」と言われることもある。

 妊活は、とにかくスケジュールが立てづらい。そのため、女性は働けないor働けても非正規の職にしか就けない。結果、不妊治療を受けるカップルには経済的な負担がのしかかる。なぜなら、片働き状態になるから経済的な負担は男性側に偏重するからだ。

家族と政治と

 こうしてみると、不妊治療は女性だけの問題ではない。経済的な部分も含まれば、今後、どのような生活を送るのか?といったライフプランにも関わってくる。それは、明らかに二人の問題でもある。

 これまで、本邦の人口政策は成功したためしがない。なぜなら、人口政策に取り組まなくても、自然に日本の人口は増えてきたからだ。そのため、政治家はいまだに人口増のための政策を立案できず、失敗ばかりを繰り返す。そして、「最近の若者は自分勝手になっている」と批判をこちらへと転嫁する。

 自然に人口が増えていた時代はとうに過ぎた。これまでの政治が人口政策に無策だったことを反省し、今後はどのようにつなげるのか?

 家族という生き方にかかわる事柄は、政治に介入されたくないと考える人も少なくない。特に、昨今は価値観が多様化して、政府が理想とする家族像は必ずしも適合しなくなった。むしろ、理想の家族像などという模範を示されることは、そこから逸脱する生き方を否定しかねない。

 とはいえ、選択制夫婦別姓や同性婚といった家族を取り巻く問題は、現状では政治によってしか解決する手段がない。結局のところ、政治が介在しなければならない。

 不妊治療の保険適用も、その第一歩といえる。さて、 不妊治療の保険適用は始まったばかり。果たして−−

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